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いつもニャーニャー鳴いています。

日本三大怨霊について雑感

先日、ニャートさんがすごく面白い記事を書いておられた。

nyaaat.hatenablog.com

 

私事で恐縮なのだけれど、つい先日ごく浅い知り合いと話していた。

私「下鴨神社に行きたいんですよ」(ほぼ毎年、初詣は下鴨神社だった)

相手「あそこは怨霊を神として祀ったところだからエネルギーが強いんですよ!

私「へ〜。それは知らなかったです」

 

…って、知らないのも当たり前である。

下鴨神社はあとで調べたところ怨霊を祀った神社ではない。由来がそこにない。

この知人はおそらく「北野天満宮」と勘違いをしていた。

私は北野天満宮に特別な気を感じたことはないのだが、妹は北野天満宮が大好きでここは特別にすごい!と言ってはよく行っていた。北野天満宮菅原道真公を祀った神社である。

 

ニャートさんの記事とは方向性が違うのだが、今回の記事は怨霊についてとりあげてみたい。

 

日本三大怨霊というのは、

菅原道真

崇徳天皇

平将門

のお三方である。

 

このうち、平将門は亡くなったのが京都ではないので、東京の神社で祀られている。平将門は大変な人気で、ゆかりのある神社が5〜6社もあります。

京都に祀られているのは、菅原道真北野天満宮崇徳天皇安井金比羅宮(※ほかにもある)である。

このお三方の場合、「それは仕方ないかも…」と思うような目に遭ったあげくに、亡くなったあとに朝廷の重要人物がばたばた死んだり戦などが起きたりして、それはもう日本国中大パニックになったので、だから神として祀って怒りをしずめよう、みたいな発想でもって今も神社に祀られている。

平安時代からこっち、朝廷はどうにもならないものを鎮めるために、位をあげたり神として祀るみたいなことをよくやっていて、噴火した山に従位を与えるとか、とにかくおだててなんとかしようという焦りが見てとれる。

 

後世の私から見ると、いくらこのご三方のお力が強大であったとはいえ、直接的になんの迷惑をかけられていないごく一般庶民を巻き込むほどの呪力があるとはちょっと思えない。戦や大飢饉などが起きてしまったのは偶然の産物ではないかなと思う。

歴史をみれば、このお三方をしのぐ凄惨な目に遭った人物はそこそこいるわけで、じゃあなんでこのお三方が三大怨霊なのかなというと、やっぱり物語として面白いとかネームバリューとかいう部分があるだろう。それにしても井浦新崇徳上皇はもう、大変な熱演でしたネ。

 

 

私は、基本的に怨霊とか悪霊というのは、生前から恨みつらみがひどく、物事を根に持ちやすいとか、べったりした性格の人がなるのではないかなと思っている。

だから、ニャートさんがおっしゃっているように、大きな戦があった土地なんかでも、霊でギュウギュウにならないのはどんどん成仏しているからではないか。

また、生前にひどい目に遭ったとしても、元来が根に持つ性格でない場合、亡くなった瞬間にどうでもよくなって成仏していくのかなと思ったりする。

 

私のまわりにもごくわずかにいるのだが、やたらと性格がねっちりしていて、すごく執着心が強くて、恨みがましく、何かあればすべて他人のせいにし、ささいなことで人を逆恨みするような人っていませんか。そういう人が死後、うまく精霊になれずに、その性格のままで残ってしまうのが怨霊なのではないかと私は思っています。

 

で、このロジックでいくと、菅原道真公がそういうねっちりした、恨みがましい、とんでもない性悪な性格だったかというと、う〜ん、何か違う気がしてくる。何しろ政界の天才ですからね。ものすごい頭が切れて、ほかの人ができないようなことを軽々とできる天才って、たいていの場合そんな変なみみっちい性格してないんですよ。いや会ったわけじゃないけど。

崇徳院の怨霊としての影響は明治まであったそうだから、本当にすごい。だけどいくら神として祀ってあっておなぐさめしてますよって言ったって、何百年にもわたって「あの人、恨みすごいんだって!」って日本中の知らない人たちから思われてるのもちょっと気の毒ですよね。

ごく個人的にですが、道真公や崇徳院はけっこう早い段階でもう成仏されてたのではないかと思うんですよね。だいたい、朝廷の重鎮が亡くなるとかは毒殺を疑ったほうが現実的な路線なのですが、道真公のせいにしておいたほうが都合の良い人物がいたのだろうと思います。

平将門は平成の今でも、隣接するオフィスではお尻を向けて座っちゃいけないとか、そういう伝説があるようですね。しかし平将門の場合、首と胴体が切り離されたのに「我が体!ふたたび首とくっついてまた戦をしようぞ!」とよなよな青白く光りながら叫んでいたそうなのですが、これを聞くと恨みというより、雄々しさというか、戦が大好きでたまらないというような武士精神のようなものを感じてしまいます。

平将門は斬られたのちに首が空を飛んでいき、恨みのある人の腕を食いちぎった、その腕を途中でボトンと落とした等の伝説がありまして、この手の話には当時の人の恐怖観というか、ああ、こういうので盛り上がったのかなぁという感じがすごくする。

ゆかりある神社が多いのもすごいのですが、平将門の人気はすごい。とんでもない人気です。

 

この三大怨霊のことも出てくる、小松和彦先生の「日本の呪い」という本がめちゃくちゃ面白いので、気になる方はぜひ読んでみてください。

 

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 最後にすごくどうでもいいんですが…、かりに平安時代の地縛霊がいたとして、

でも、近代の人と平安時代の人はほとんど外国語というくらいに言葉が違うので、同じ場所に違う時代の地縛霊がいたとしてもまったく意思疎通できないのではないかなぁと思ったりした。

 

 

 

おわり