けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

あれから1年…!

 自分のブログを見返してみて驚いたんですが、去年の今日、こんなブログを書いていました。

nenesan0102.hatenablog.com

 ちなみに、このあと夫は心療内科にかかり「鬱病」と診断され、薬を飲みながら1年が経ちますが、薬は飲んでいますがいっこうに良くなるきざしはありません。

というのも、主治医の先生いわく、夫はおそらく自閉スペクトラムなんじゃないかと。

その二次障害として鬱になっているのであれば、そりゃあ治るのは難しいですよね。

そしていまだによくお酒は飲んでいるし、その空き缶や空き瓶を片付けるのも私の仕事です。

 

 鬱の影響からか夫には異常食活動が見られるようになり、この1年で10キロ肥ってしまいました。

肥った影響で気道狭窄がおきて、夜中はたいていいびきをかいているし、異常な呼吸音とかが見られるようになりました。睡眠時無呼吸症候群の可能性がありますが、まだ病院には行けていません。

 

もうひとつ、夫の特徴的なところは、鬱病ですと診断されたあたりから、ぱたりと家事をやめてしまったことです。

それまでかなりの頻度で皿洗いなどをやってくれる良き夫だったのですが、いつのまにか家事をほとんどしなくなってしまいました。

今では、我関せずという感じで、家にいるときはいつも漫画を読んでいるかアニメを見ているかのどちらかになっています。この間、私はいつもくるくる動き回って、洗濯をしているか片付けをしているか、調理をしているかのどれかです。夫は漫画に夢中で、こちらの動きにもほとんど興味を示しません。

 

私は仕事を再開し、それなりに頑張ってもいて、でも家事も普通にこなしています。お弁当もエントリを書いていませんが、できるだけ作っています。

ところが、夫のいびきで夜中に起こされることが増え、だいたい朝の3時とか4時とかに起こされて。

それでそのまま寝られないときはお弁当の準備をして、それから少しだけうとうとして、自分の仕事、仕事が終わったら晩ご飯の準備、みたいな感じのスケジュールになっていました。

 

前回のエントリのケンカは、私があまりにも疲れ果ててしまい、あなたが鬱なのはわかっているけど、なんとか助けてほしい、お願い、という気持ちでした。

夫に食器洗いを頼み、それから自分は洗濯物の処理をしてうまく時間を作り早くお風呂に入って寝よう、みたいな感じだったんですけど、夫がいつまでも漫画を読んでいるので、それでさすがにもう嫌気がさしたんですよね。

 

次の日、夫が空けたビールの中瓶を見てものすごくカーッときて、大声で泣きながら、ビール瓶で買ってあったケーキをたたきつぶしたり、夫のマグカップを叩き割ったりしました。

 

 夫はどういうわけか、私に対して悪いことをしたという意識はみじんもないらしく、まったく謝ってくれません。

その後、お互いが交互に家出をしたりして、しばらく冷却期間をおいたんですけど、

やっぱりものすごく苦しいときにやられたことって、どうしても許せないですね…

 

一時は仲直りしましたが、あのときの気持ちを思い出すと、怒りで涙がぼろぼろ出てきます。

せめて自分の飲んだお酒の瓶や缶くらいは自分で片付けてほしいし、自分が使った食器も自分で洗うくらいはしてほしい。「この人は鬱だから」と甘やかしてしまった私が悪いのでしょうか。

 

話し合いをしようにも夫が鬱に逃げ込んでしまうというか。

鬱がひどくて動けないような人に家事を頼んでもやっぱり無理だし、

しばらく私の人生修行は続くのかもしれません。

 

 

 

おわり

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

 

新年しょっぱなから、夫にものすごくイライラしています。

読みたくない人はここで帰って下さい… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日のことになるのですが、私の体調がすごく悪く、夕飯も薬を飲みながらなんとか作った感じで、もうこれはあかんと判断して、夫に「ごめんやけど食後の皿洗いをお願いできないか」と頼んだんですね。

夫は「うん、わかった」とすぐに返事をしてくれたので、そのつもりでいたのですが、

いくら待ってもやらない。ずっと漫画を読んでいる。

もともとすぐに皿を洗うというタイプではないので、私は私で別の家事をしながら様子を見ていたのですが、夫は漫画に夢中。

 

あ、こらあかんわ、この人に頼んだのがそもそも間違いやったと思いまして、

自分で皿を洗いはじめました。(この時点でもうイライラMAX)

私が皿を洗ってるのに気づいた夫がやってきて、「洗うよ」「洗うから」と言うんですが、こっちからするとそうじゃなくて一言、謝ってほしいんですよ。

(結局、残った少しのお皿を夫が洗ってくれて、夫はそれで「俺はやった」と思ってしまったらしい)

 

 ちなみに自分の記憶のかぎりでは、お皿を洗ってくれと頼むことは月に1度もなくて、頼むのは相当に体調が悪いときなんです。だから、夫は選択肢をあやまったなと思いますね。また読める漫画を優先してしまったところが。

 

ケーキを買ってあったんですけど、あんまりイライラがすごかったので、私が手で叩きつぶしました。

 

夫はよく、しんどそうな私に対して「休みなよ」と言ってくれるんですが、かわりに家事をしてくれるわけではありません。他に家事をしてくれる人がいるわけでもありません。だからしんどくても私がやるしかないんですよね…。

 

 

おわり

作山窯のカップを探しています

タイトルの通りなのだが、岐阜県にある「作山窯」というところが5年ほど前に作ったカップ&ソーサーを探している。

正確に言うと、LAのファッションブランドである「プラネット・ブルー・ワールド」が、作山窯とコラボして作ったのがこの商品である。

このフォルム、色合い、使い心地、すべてを気に入っていた。

黄色もかわいいが、緑もすごくかわいい。ずっと探してきたが、どうにも見つからなかった。

f:id:nenesan0102:20181228102352j:plain

このカップ&ソーサーを1客、所有していて、来客用に使っていたのだが、

自分の不注意から上にごく軽く百均の皿をおとしてしまったところ…

f:id:nenesan0102:20181228102635j:plain

あああああああああああああ

 

…というわけで、必死に探しています。

 

ちなみに、検索をかけると、「Origami」なるアプリで買えるかのようなページが存在するのですが…

 

origami.com

 

いざ、実際にアプリをダウンロードして探してみてもいっさいありません。

(かなしい…)

 

どうにもならないので、作山窯にメールを出して聞いてみたのですが、

すごく丁寧なお返事をくださったんですが、やっぱりないとのこと(泣)

 

こういうの、どうやったら再販してもらえるの?

誰か教えてください。

 

あと、売ってるところをご存知の方がいらっしゃいましたら、どうかどうか教えてください。よろしくお願いします。。

 

作山窯のサイトはこちら。

非常にすてきな食器がそろってます。でも、自分がいちばん欲しいのはないんだよなぁ…

www.sakuzan.co.jp

 

 

 

おわり

散文

このところ、江戸時代にハマっている。

しかし、しっかりとアウトプットできるほどの知識量はまだない。

なので、適当な散文を書いてみたいと思う。

江戸ブログはほかにたくさんあるので、お好きな方はそちらを読んでいただきたい。

 

先日、こんな記事があった。

blogos.com

「息子介護」に問題が多い理由 『介護する息子たち』 平山亮氏インタビュー - 本多カツヒロ (ライター)

江戸時代はすごいよ。逆に「お役御免伺」(いわゆる介護休暇願や看護休暇願)を申請しなかった藩勤めの武士が、それを理由として処罰された例がある。

2018/12/04 07:01

b.hatena.ne.jp

物珍しかったのか、自分のコメントがトップブコメになってしまった。

 

それはさておき、江戸時代というのは、現代のわれわれが考えるよりはるかに健康志向の強い社会だったらしい。近代医療のない時代だから病気になったらおしまいだ。

だから、多くの人が健康であるように努力していた。健康であることが、社会人としてのあるべき姿だった(らしい)。

家の人が病気になったら、家族総出で看病するのは当たり前のことである。家人による看護のためのハウツー本まで出版されている。

 

江戸人にまともな医療知識というのはほとんどない。

だから、眼病に対して、「4歳以下の男児の尿で目を洗え」とかいう、まさにトンデモ療法が流布したりしていて、この頃の医療事情がいかにひどかったのかというのがよくわかる。今でもトンデモに走ってしまう人がいるが、江戸期は病気といえば「祈祷」である。「祈祷」じたいは明治あたりにいちおう法律で取り締まられているが、戦後すぐくらいまで各地に息づいていたようである。

衝撃映像はこちら

 

 ■

 今ある日本料理というのが成立したのは江戸時代である。

今も残る多くの日本文化は江戸期を発祥としたものも多い。つい先日あった「七五三」もそのうちのひとつであるが、これらの季節ごとの節句行事のほとんどは、健康を願ったものだ。そのくらい、健康であることや、子供の健やかな成長というのは貴重なものだった。

 

で、よく勘違いされているのだけれど、江戸時代は意外と高福祉社会だったらしい。

どこの本だったか忘れたが、「高福祉社会だったからこそ、270年も続いたのだ」という説があり、あー、なるほどという感じでもあった。

 

江戸人の平均寿命はけっこう短い。だがそれは、当時の乳幼児死亡率がとんでもなく高いからであって、いったん大人まで成長した人は、けっこう長生きした例も多かった。70代、80代くらいまで生きる人もチラホラいたようである。

 

貝原益軒という人の記した『養生訓』という本は、かなり高額の本だったにもかかわらず、江戸時代を通じてのベストセラーの第一位だそうである。

ちなみにいま、この『養生訓』を読んでいるのだけれど、これがなかなか面白くてためになる。

貝原益軒自身は、江戸期の医師兼学者なのだけれど、江戸期の医者というのは、基本的には漢文が読めないとなれない。医学書はすべて漢文だからだ。だから貝原益軒の本にも古代中国の誰それがなんと言った、という話が頻繁に出てくる。知識の多彩さに驚かされる。

 

昭和時代によく言われていた「親からもらった体を傷つけるな」という教えは、この『養生訓』に出て来る話である。

だが、実際に『養生訓』を読むと、これの意味は、整形をするなとか入れ墨をするなという意味ではなくて、「節制なしに飲食をして胃腸を傷つけるな、早死にするぞ」である。都合よく意味が変えられていったことがわかる。

 

どうでもいいが、江戸期の医師というのは「僧形」といって、僧侶とほぼ同じ姿格好をしていて、社会的にも似た扱いをされていた。幕府からもらう位も、僧侶のそれと同じものを授与されていた。江戸期の医者は、寺の次男坊、三男坊がなることが多かったそうだが、それと何か関係があるのかどうかはわからない。

 

『養生訓』の中におもしろい記述がある。

「山の人は寒くて気をもらさないので、長生きである」という記述なのだが…

ここでいう「山の人」が、山伏、いわゆる修験道の僧侶をさしているのか、はたまた山に住む炭焼きとかの人をさしているのか、ひっくるめて「山の人」としているのかが謎である。当時は修験道の僧侶というのは、今よりはるかに数多く存在したそうなので、「山にいる人」という認識をされていた可能性もある。

江戸期の山に住む人は、当時は禁制であった獣肉を豊富に食べていた可能性があって、それを考えると栄養状態がけっこうよかったのかもしれない。

 

ただの散文なのでおわり。

 

 

 

近況

ずーっとブログをつけていなかったので、近況だけざーっと書きます。

 

仕事を再開しました。

 

実際はもうずいぶん前から仕事はぼちぼち再開していたんですが、今月は過去最高に忙しくなってしまって、仕事が純粋に忙しいのもあるし、準備があれこれ大変な仕事でもあるので、それで忙しかったり、仕事で疲れて全然もうお弁当を作れなくなってしまって、生活面でかなり変化がありました。

 

仕事があると、やはり自分が必要とされているんだなぁというのを感じて非常にありがたいです。

 

このブログで取り上げたい話題とかいろいろあったんですけど、今はもうバタバタなので、とりあえず10月を体調を崩すことなく乗り切りたいです。

 

仕事をすることは、一般の人にとっては特別なことではないんだと思うんですが、

いかんせん私のような障害者にとって、仕事がもらえるというのはすごく特別なことで。それだけに全力投球してがんばっています。

 

仕事のあいまをぬって、署名活動も続けて行っていきます。

なんとか頑張りたい!

 

 

おわり

雑感

すごく個人的だが、私にとってすごいことがあった。

今日はそのことについて書いてみたいと思う。

 

いま、杉本彩さんの団体、公益財団法人Evaが、秋の臨時国会に向けての署名を募集している。

www.eva.or.jp

で、今回募集しているのは、直筆の署名だけであるから、署名するこちらが署名用紙をサイトからダウンロードして、プリントアウトして、さらに宛名を封筒に書き、切手を貼って投函しなければいけない。

 

これはめんどくさい。

 

そう感じた私は、ちょっと考えることにした。

面倒くさいから署名が集まらないのだったら、こんなにもったいないことはないのではないか。面倒くさくなければ、もしかしたら署名が集まるのではないか。

面倒くさいのは自分だけで良い。

 

そう思って、すぐに投函できるようにこちらが全部お膳立てをした署名セットを作ったのだ。

 

f:id:nenesan0102:20180927192731j:plain

まず、こちらで署名用紙をプリントアウト、それをかなりの数コピーした。

さらに封筒に提出先の宛名を書き、切手も貼る。封筒はのりがいらないタイプのものまで用意した。(けっこう用意周到である)

これで、署名したい人は紙に記入をして、そのまま封筒で投函すればよいだけである。

 

これをFaceBookで投稿してみたら、正直、2〜3人くらいの挙手があればもうそれで十分だと思っていたのに、予想をはるかに超える人が「署名したい」と名乗り出てくれた。

中には、これでは悪いから自分でプリントアウトして自分で提出しますと言う人まで現れた。

 

反響がすごくて驚いたと同時に、それなりに多くの人が、この問題について考えてくれているのだなぁと胸が一杯になった。もともと涙もろいたちだが、嬉し泣きしながら作業をして、全国にちらばっている挙手してくれた人たちに署名用紙を発送した。

 

署名活動はとても小さな草の根の運動だ。

けれど、運動しなければ何も変わらない。

鼻で笑う人もいるが、私は自分のできる限りのことをやろうと思っている。

 

 

おわり

 

子供と女性の体力

まず雑記から書きたいと思う。

ここ数日、タイトなスケジュールが続いて、先日は寝込んでしまった。起きたら夜7時だった。寝込むだろうなと思っていたのでそれは良いのだが、私は年間を通してみると、だいたい3〜4日に1日、寝込んでいる。その間は何もできない。死んでいるのとほぼほぼ同じである。だから他の人の何分の一かしか人生を生きていない気がする。

このような体だから、まともに働けたことは、自営業をしていた5年間のみで、その間も普通の人が稼げる額の半分ほどしか稼げなかった。だから生きてくいくことをあきらめようとしたわけだが、体が弱いことは生きて行くのに非常に大きなハンデキャップである。自分の場合はこの体が虚弱なことは発達障害、すなわち脳から来ている。

体が動くようになっていちばんはじめにしたこと、それは掃除であった。

動けないと部屋が荒れる。部屋が荒れると心が荒れて来るのだ。

 

ところで、先日こんな記事を見かけた。

style.nikkei.com

私のまわりには、まさにこのスタイルをこなしているカップルが複数いる。

いずれも高学歴で、女性のほうは福利厚生がしっかりしたホワイト企業につとめている。すごい、としか言いようがない。

だが、これは女性の方が相当賢く立ち回らないとそもそも成立しないのである。

 『新卒の時点で、産休、育休取得が可能な企業に正社員として入社する

というのが、そもそもハードルがかなり高い。

さらに言うと、

 『出産可能な年齢のうちに、家事育児を手伝ってくれるパートナーを見つけて結婚する

のが第二のハードルである。さらりと書いているが実際は相当に困難だと思う。しかも正社員として働きながら、である。だからおのずと相手は同じ会社の社員とか、仕事で知り合った人とか、大学生のときから付き合ってましたとか、そういうのがお相手になるわけである。

一方、夫の稼ぎが良く、専業主婦を続けながら子供を2〜3人産むという人もいるが、昨今は稼ぐ人がかなり少数になってしまったので、この座をゲットした女性はかなり幸運な人であろう。

子供を産んだあとも子育ては終わらないので、働いている女性は育児所や保育所に子供を預けて働くわけだが、これも送り迎えがあったり、何かと大変なわけで、これを左右するのは母親の体力にかかってくる。

100年人生の共働き 妻は正社員、夫の家事育児が鉄則|マネー研究所|NIKKEI STYLE

共働き正社員に耐えうるだけの体力のある♀個体がそこまで大多数じゃないんだよな。祖父母の助けを借りられない人もいるし、子供に障害が出る場合もあるし。そこまで強い人ばかりでもないのが現実だと思うよ

2018/09/11 02:47

b.hatena.ne.jp

一般的に男性よりも女性のほうが体力がないと言われてはいるが、それを上回るのは個体差であって、なみの男性をはるかに上回るスタミナを持つ女性というのも存在する。

自分のまわりを見るかぎりでは、子供を複数産んでいるのはこのタフなタイプの女性で、まぁまずタフでないと出産に体が耐えられないので、結果としてこのような形になったのかなと思っている。

100年人生の共働き 妻は正社員、夫の家事育児が鉄則|マネー研究所|NIKKEI STYLE

マクロで見れば世の中の産業構造的にも、或いは個別で見れば夫婦共々に健康でいくらか有能である前提でないと、成り立たないのに「鉄則」。恵まれた人にだけの鉄則なのか、遍く適用されて社会が滅びるか。

2018/09/11 01:50

b.hatena.ne.jp

 

少し前に、千葉県の人と直接話す機会があった。千葉県では少子化などというものはどこ吹く風らしく、3〜4人子供がいる家庭もまったく珍しくないそうである。

皆、高卒で結婚して、若いうちからぽんぽんと産むらしい。東京との違いをしみじみと感じてしまった。千葉県で子供をぽんぽん産む女性というのは、正社員として働いているのだろうか。疑問ではあるが、正社員を続けながら4人の子を産むことができたとしたら、すごく有能な女性だという感じがする。

 

それにしても昨今はなんと女性に求められることが多いのかとため息が出る。

世の中はそんなに有能な女性ばかりではない。だからおのずと少子化になるのも無理はないなという感じである。ごく普通の人は、普通に子供を持てるようになってほしいと願ってしまうが、それは限られた一部地域の話なのだろうか。

 

 

ちょっと尻切れトンボであるが、おわり。