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けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

会えなかった女友達のこと

かつてmixiというのが大流行りしたことがありました。

今もあるのですが、当時の流行はなかなかすごいものがありました。

 

前回のブログで、私は自分の体が弱い事について触れたのですが、基本的にはブログだからこう書いているだけで、現実で体が弱いという話を他人にしたことはほとんどありません。

なぜなら「甘えだ」と受け取られることがものすごく多いからです。

 

私はもともと子どものころから発達障害だったのですが、20代の前半で二次障害として鬱を発病しました。その頃から寝たきりになったり、起きられてもほんの少し活動を一時的に行えるだけという、基本的にはグダグダな状態になりました。

 

発達障害だとわかったのは30代なかばくらいのときで、それまでなぜこんなに体がしんどいのか本当にわからなかった。何度となく検査に行ったり、漢方薬を試したりいろいろやったのですが原因がどうしてもわかりませんでした。

とりわけ月経前症候群がひどく、生理前になると精神錯乱して自傷ばかりしていた。

20代前半はホルモン分泌も多いですからPMSも酷く出たんだろうと思います。

 

20代なかばのあるとき、mixiで一通のメッセージがある女の子から送られてきました。

メッセージを送ってきたのは、かりにA子としますが、A子は年齢も自分とほぼ同じ、

同じようにPMSがひどく、体がいつもしんどくて、寝たり起きたりの生活を送っているという、自分にとても良く似た女の子でした。

 

私たちは一気に仲良くなりました。

何しろ、現実世界で「体がつらい」と言っても「甘えるな」という声が必ず飛んでくるので何も言えない。mixiには日記機能がありますが、暗い事を書いて引かれるのも嫌だ。だけどこの人ならわかってくれる。

お互いがそんな気持ちで「今日もしんどい。死にたい。そちらは大丈夫?」というメールを頻繁に送り合っていた時期がありました。

同じ20代なかばの女性としての悩み、通常のルートから外れてしまったこの人生。これからどうなるんだろうかという不安、かなりいろいろな話をしたことを思い出します。

 

A子とやりとりするうちに、彼女がもともとは看護師で大病院の外科の手術室勤務でバリバリ働いていたことを知ります。

 

A子は、23歳で卵巣癌を発症していました。

24歳のときに手術をして卵巣を両方とも取り、子どもが持てない体になった。

癌で卵巣を取ったことでホルモンバランスに異常をきたしてしまい、ひどく苦しむようになった。

抗癌剤治療によって体がすごく弱り、術後ほとんど働けない体になって家に引きこもっていた。

私がA子と知り合ったのはこの時期でした。

 

しかし医学的にはA子の体は「治って」いて、再発も転移もなかったため、「あなたは健康」という状態になっていた。だが働けない。体が弱ってしまって、資格があってもとても昔のようには働けない。癌の治療にもたくさんお金を使った。

A子は父親に働かないことをいつもなじられていて、「こんなことになるなら治らなければよかった」とよく嘆いていた。

 

A子は鬱もひどくて、よく「死にたい」というのを送ってきました。

私は、なぜA子が、まだ若いのにこんなにも大きな試練に飲み込まれなければいけなかったのかとよく思ったものです。

不幸に見舞われていなければ、A子は鬱にならずに今日も手術室でバリバリと働いていたかもしれないのに。

 

A子の場合、術後後遺症という状態なので、医学的な区分上は「癌は治っている」。働けないけれど、こういう状態の人に対しては何も救済措置がないことに私は唖然とするしかありませんでした。

私自身もそうですが、ただ体が弱い、働けない人というのは、行き場がないんですよ。生きて行く場所が社会にない。

  

 

 以前、こんなエントリを書いた事があります。

nenesan0102.hatenablog.com

 

 このエントリのブコメには、生活相談があるよとか、何がしかの救済措置が他にあるというコメントを下さった人がいて、それはとてもありがたかったのですが…。

私やA子には「他人や国のお金を使ってまで生きているのは心苦しい」というのがあったように思います。

 

どんな人でも加齢とともに体が弱って行くものですが、もともとが弱い個体というのは年を経るとさらに弱くなって行きます。

ずーっと寝たきりで、この先も良い展望が見えないとなると、たいていの人は鬱鬱としてきます。社会福祉のリソースは限られていますから、こんな自分がそれを使っていいのだろうかというのも感じてきます。

 (だから私は今でも、安楽死というのはひとつの救済措置としてあってしかるべきだと思っています。 )

 

 

A子はじょじょに精神状態がひどくなっていって、ある日ぷっつりとアカウントが消えてしまいました。

私は非常に心が揺らいで不安にさいなまされたのを覚えています。

結局、その後、A子と連絡が取れることはありませんでした。

 

A子は鬱がひどかったので、鬱が極まって自分を殺めてしまったのかもしれないし、私と暗いメールをやりとりすることに不健全さを感じてもうどうでもいいやと思ったのかもしれません。

真相はわかりませんが、私は今も彼女に感謝しています。

 

 

おわり

 

 

 

 

 

つれづれに思ったこと

私はとても体が弱いです。

なぜこんなに弱い個体として生まれてしまったのかさっぱりわかりませんが、今回は体が弱いことについて取り上げてみます。

 

 

坂津さんがこんなブログを書いておられました。

www.kana-ri.com

 坂津さんご夫妻が体力的な問題で子どもを持たないと決めたかどうかはちょっと不明なのですが。。

 

坂津さんのブログを取り上げたトピシュさんは「暇つぶしに子どもを持った」と堂々と言いきり、この人の、生物としての高性能さが際立つ感じになりました。

topisyu.hatenablog.com

  

夫婦円満かどうかは関係なく、暇つぶしのために子どもを持ちました - 斗比主閲子の姑日記

自分のまわりやと圧倒的にタフな人が複数の子供を持ってるな。あまり体力のない個体は長時間労働と家事でほとんどのエネルギーを使い果たしてる。結局、体の力がない個体は子孫を持つのが難しいというごく単純な話

2017/05/22 09:43

b.hatena.ne.jp

 

これは私のコメントなのですが、最近とみにこう感じることが多いのです。

私も、子どもが欲しい時期もあったのですが、あまりの自分自身の体の弱さに、「出産のときに心臓が持つのかな」とか、

子育てってただでさえ体力勝負なのに私のようなもともとから病弱な個体が子どもを再生産するだけの力量があるのだろうか」とか、いろいろ考えたものです。

子どもが欲しい欲求というのは人それぞれですが、子どもを産んだことで母体が死ぬとか、息も絶え絶えになって育児ができないとかのレベルまで弱い個体だと、やっぱり何か無理してる感じがしてしまう。

 

世の中には結局のところ弱い人と強い人がいて、強い人は弱い人の何倍ものエネルギーで物事をこなしていきます。

子どもを持つか否かは、とりわけ強い人と弱い人の差がくっきりと浮かび上がる事象だと思う。

あまり強くない個体は、生きて行くための糧を稼ぎ出すだけでエネルギーのほとんどを使い果たしてしまう。私のように、どれだけ頑張っても自分が生きて行くだけのお金を稼ぎ出すことが出来ない人も、体が弱い個体の中にはけっこういるでしょう。

こういう人が、もう1人別の人間を生み出して養えるかというと、やっぱりすごく難しい。

 

以前、とある女性ブロガーの方…たしか下田美咲さんだったと思うのですが、「20代後半ともなれば、大人ができる遊びはやりつくしているし、仕事もそれなりに覚えてきている。人生が長く感じて暇だから子どもを作った」と書いていて、私はそのメンタリティの違いに、思わずのけぞってしまったほど驚きました。というのも、私は体の弱さから、この人の半分ほども生きていないと感じたからです。

きっと彼女の中に、体がしんどくてしんどくて生きているだけで苦しいだけで時間が過ぎて行くということはほとんどないのだと思います。

一方、こちらはとにかく体が極度に弱く、そもそも仕事をするところまで到達できません。

生きているだけで非常にしんどいわけで、お願いだから早く死なせてくれと思うくらいまで追いつめられて結果私は安楽死推進派なわけですが、とてもじゃないけれどこういうメンタリティにはなりようがない。

 

体力とは何か。

辞書を引くと、

=========

たいりょく
【体力】
 
1 労働や運動に耐える身体の力。また、病気に対する抵抗力。「若いだけに体力がある」「体力の限界」「体力測定」
 
2 (比喩的に)組織が活動するための力。特に、企業の経営において、収益性・生産性・資金力・安定性・成長の可能性などのこと。「会社に体力があるうちに新商品を開発する」
 
=========
これは私がどこかでチラッと見た辞書ですが、「労働や勉学に耐えうる力」という表現を見た事もあります。そうです、勉学にも体力が必須なのです。
 
体力というのはものすごく個人差が大きいです。
しかし数値化できない。
見た目では体力はわかりません。
 
かつては、男の人の給料がそれなりに良く、出産適齢期の女性の多くが専業主婦として子育てをしていましたが、現代では男の人の給料が下がってしまったため女の人も仕事を持っている家庭の方が多いです。
そこで、子どもを持つとなると、あたりまえですが出産をする女性のほうへ負担が大きくかかる。この負担に耐えられる個体が、総数としてそれほど多くないのではないか。そんなことを思うわけです。自分には両立は無理だと思った個体は、自然と産まないほうへ流れていきます。気づいたら自然淘汰圧のような感じになってしまっている…。そのくらい、私自身のまわりでは、タフな人とそうでない人とに大きな差があります。 
 
 
以前、こんなまとめがありました。
とても印象的だったので覚えているのですが
 
 【雑誌に登場したワーキングマザーの睡眠時間が4時間とか死ぬレベルだと話題に】

togetter.com

女性向けのこの手の雑誌は、こういう、ショートスリーパーのとんでもなくタフな女性がよく登場しますが、私ははっきり言って害悪だと思っています。
このタイプの記事は、読んでいる人が「すごいなぁ」と思うように誌面が作られている。憧れを感じると同時に「ワーキングマザーはこうでなければならない」というメッセージを読み手が受け取ってしまう可能性があります。
 
 こういう、とんでもなくタフな人もいるけれど、実際には世の中はそんな強い人ばかりじゃありません。
少子化の一因のひとつとして、こういうのがあると思う。社会の変容によって、求められるのが高スペックになった結果がこうなのかなと。私なんかは氷河期世代ですから、もう子どもを持った層とそうでない層の差が見事にくっきりしていますし、氷河期世代はイコール団塊ジュニアですから、ここで少子化が一気に進んでしまった。
 
子どもを持たない層に増税しろという声も聞かれますが、年収300万台と年収600万台での婚姻率がまったく違うことに現されるように、子どもを持たない層というのは低収入なことが多い。子どもを持った世帯には扶養控除などがありますから、税負担はすでに軽くされている状態なのです。子どもを持てない低収入層にさらに税を課すのは、それはどうなんだろうと、個人的には感じています。
 
円満夫婦ですが子供はつくりません - 『かなり』

考えてみれば、昔も誰もが喜んで子供を作ってたわけじゃない。人として認められないから産まざるをえなかったわけで。子育てしてる人を暖かく見守ってくれればそれでいい。

2017/05/22 09:29

b.hatena.ne.jp

id:yukimi1977 さんのコメントです。私はこれに強く同意しました。

かつての「子どもがいて初めて一人前」という圧力は、もうただ事じゃなかったように思います。

私は、今くらいの「暇つぶしで子ども欲しいな」と思えるくらいの強さをもともと持った個体が子どもを作るというのが自然かもと思う。

たまたま若者が高齢者を支える社会構造になっているから少子化と騒いでいるだけで、ある一定の強さまで体の力がない個体が子どもを持たないというのはごく自然な話なのかなと私は思っています。 

 

おわり

 

今年の桜はものすごく綺麗で当たり年だなーという感じなんですが、

いかんせん雨がものすごく多く、桜は綺麗なのに残念という変わった年になってしまいました。

 

ときどき着物姿で歩く妙齢の女性3人連れとかを見かけるのですが、『細雪』のようでシビレる。かっこいい。あんなおばちゃんになりたい。

 

私はとくに花見とかはしてないんですが、いくつか写真を撮ったので載せておきます。

 

 

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川端五条の宮川町近く。京をどりをやってるのでけっこうな人。

綺麗だった。

 

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六角堂

 

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個人的にこの写真が好き。

御幸町の教会の桜。綺麗でした。

 

 

 

おわり

きもの

前に書いたエントリで、自分も着物を着たくなったので、じつに2年ぶりに着物を着てみました。

 

着物を着ること自体があまりにも久々すぎて自信がなかったので、京裳庵さんというところで着付けをしてもらいました。

こちらはふだんはレンタル着物のお店なのですが、自分の着物を持ち込みして着付けをしてもらうこともできます。

レンタル着物のお店はたいていが持ち込みの着付けは高い設定になってるんですが、京裳庵さんは小紋は3千円で着付けをしてもらえました。

 

www.kyoshoan.com

 

私は市美術館へ行くときは、だいたいいつも着物と決めています。なんとなくなんですが。。

古い写真を探していたら、15年近く前に撮った市美術館での写真が出てきました。

このときまだ大学生!

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懐かしすぎる。。

 

撮ってくれと頼んで撮ってもらった今回の写真がこちら。

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やっぱり市美術館はよいなぁ。
京都市美術館は昭和8年の建築だそうですが、私が着ている着物もほぼ同年代のものです。しかし今回はちょっとくどいコーディネイトになってしまった。

私はレトロな物が好きなので、写真を加工して遊んでみたのがこちら。

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こういう加工がハマると面白い(私だけが)

 

市美術館では、毎年やってる京都中の染織工房の作品展をやってたんですが、あまり時間がなくてしっかり見られませんでした…。

 

 

平安神宮にはいつも人力車がいるんですが、停まっていたので撮らせてもらったのがこちら。

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やっぱり人力車と着物は合いますな〜

 

で、このあと、人力車に一区間だけ乗ったんですけど、ものすごく乗り心地良くてびっくりしました。

 

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これは「瓢亭」の前で撮ってもらいました。前で写真撮ってもらっただけです。行ってません。

瓢亭

https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26001012/

 

 

そういえばうちの曾祖父が人力車夫だったんですよね。

明治〜大正時代に弁護士さんの専属の人力車夫をしてたそうです。

かなり若くしてなくなってしまったので、あまり詳しいことがわかりませんが、残った写真を見るとすごいバタ臭い顔のイケメンだった。

 

 

今回、いろいろと写真を撮ってくれたのは夫です。

夫、ありがとう!!

 

 

 

おわり

 

 

ねねさんプレゼンツ・着物好きの人に贈る京都案内!

かんどーさんがお着物に目覚められたとのこと。

www.kandosaori.com

今日は、着物好きの人がめぐってみて「うわぁ♡」と目を輝かしそうなお店のご紹介をしたいと思います。

京都に来るみたいなことを最後のほうで書いてらっしゃったので、何かの参考になればと思い書いてみたいと思います。(地名など、わかりにくいものを書いてしまうかもしれませんがご了承ください…)

 

着物って不思議なんですよね。ぱっと一目見た瞬間に胸をぎゅっと掴んでくる着物があったり。着物との出会いはまさに一期一会です。

ちなみに私自身は古典的な、正統派の着物がとても好きなタイプなので、今回載せるお店は古典方面多めという感じです。

 

■富宏染工

ここは本当にすごいです。皇族の着物を作ったりしてます。正統派の京友禅の工房。

http://www.tomihiro-kyoto.com/jp/fujiiHiroshiKimono/item.html

富宏さんの着物はとにかく美しい着物なので、ぜひ知ってもらいたいと思い載せました。どこでこのお着物が買えるのかは私にはいまいちよくわかりません…。市美術館での展示で訪問着とかを見たことがありますが、それはもう、宝石のようにきらきら輝いて本当に美しかったです。一応、工房の一角に小さなショップがあるんですが、小物とかバッグが置いてあります。

たしか工房見学ができたはずなんですが、申し込みとかどうやるんかな。

ここの娘さんが知人なので聞いておきたいと思う。

 

■アンティークきものやゝ

http://www.yaya2002.com/index.html

ちょっと前も遊びに行ってきたんですけど、とにかく目の保養になります。ものすごくセンスが良い着物が置いてある。そこそこのええお値段します。

お店自体もとても素敵なしつらえになってますので一見の価値がある。

着物以外にもアンティークのおもちゃなんかも置いてあってそれがまたいちいちセンスが良くてシビれます。オーナー女性のセンスが本当に良いんだと思います。

 

■今昔西村

www.konjaku.com

貼っておいてなんですけどちょっと見づらいHPですな…。老舗のすごく立派な品揃えの着物屋さんです。量もすごくあります。

 

■はなを

http://hanaobridal.com/

ここは下鴨にある高級着物のレンタル専門なんですけど、ものすごくセンスが良いんですよね。写真を見てるだけでもすごくうっとりしてきます。

 このはなをさんがされている、リサイクル着物のショップが

 ■リサイクル着物 お花

http://www.ohanakimono.com/

 

 

川徳三郎商店

http://www.toku36.net/

ここはちょっと京都の中心部から離れたところですね、四条烏丸(しじょうからすま)から阪急(大阪・梅田方面行き)に乗って10分くらい。阪急は速いのですぐです。

アンティーク着物が好きな人は行く価値はあると思います。検索してHPを見たのは初めてですが、知ってる人がモデルやってる…(京都は非常に狭い町なのでこういうことがよく起こります)

 

 ■おはりばこ

京都 おはりばこ

すごく素敵なかんざしのお店です。女の子に大人気。

つまみ細工かんざしの体験ができます。(このHPにも知ってる人が出てくる…)

おはりばこの花嫁道具がすごく素敵で憧れていたときがありました。

ほんと綺麗なんですよ。

http://item.rakuten.co.jp/oharibako/b2-301/

 

 

■千總(ちそう)

http://www.chiso.co.jp/

京都の老舗呉服店。ものすごく上品な着物を作り続けています。

ヨージヤマモトとのコラボとかもしてる。

大きなビルの中にギャラリーがあって、そこでいろいろな展示をしています。

京都の中でも古典着物の最高峰みたいなお店。

 

■荒川益次郎商店

www.sanbido-shop.com

京都の中心部に「室町通り」というのがありまして、呉服問屋のメッカなんですけれども、そこにある半襟の専門店です。

半襟も奥が深くて、高いものは10万とかしたりする。舞妓さんがつけてるゴージャスな半襟とかは8万〜10万くらいだったりします。

 

■祗園 ちょぼや

http://gion-choboya.com/muscat1b/

ここはちょっとカリスマな店。芸妓さんとかの御用達。

ほとんどフェチシズムの世界なくらい曲線美が芸術的。本当に美しいうっとりするような履物。

 

■龍村美術織物

www.tatsumura.co.jp

龍村さんの工房はちょっと遠い場所にあるんですが、申し込みをしておくと工房の見学ができます。

ここの息子さんは知りあいなんですが、なんかすごいオーラがすごいです(意味不明)

織物を体験してみたい場合は行かれてみてください。

西陣織の大家って何人もいるんですけど「龍村平蔵」はやっぱり「おお」みたいな位置にいる人で、そのご子孫が現在の当主。

 

■てくてく京都

http://tekutekukyoto.com/

京都に山ほどあるレンタル着物のお店ですが、正絹の着物をレンタルしてくれる店というのは案外少なくて、おお、こりゃ素敵やなと思うような着物で烏丸付近を歩いている人がいたら、だいたいこの店のレンタルです。

すごく上品なスタイルを提案されているのが良くて、ロケーションも良い場所にあります。良心的価格で普通におすすめ。混み合っているのでかなり前からの予約がいるかも。

 

■イロドリキョウト

https://www.irodorikyoto.com/

カラフルでポップなアンティークの着物レンタル店。

ここまで鮮やかだとちょっと若い子むきという感じがしますが、ハマる人は大好きだと思う。

アンティーク着物というのはとても戦前とは思えないほどの斬新でポップ、サイケなものがときおりあり、昔の人の感性に驚かされます。

 

■分銅屋足袋

http://www.kyoto-agarusagaru.com/bundoya/shop_detail.php

着物にこっちゃって足袋まであつらえはじめたらすごいよね。

知りあいに何人か白足袋族の人はいるけど、やっぱり誂えたりしてるんだろうか…。

 

ichimanben(いちまんべん)

分銅屋足袋は三条通りぞいにあるんですが、そこから東にてくてく歩いて行くと、

コンクリなのにレトロで瀟洒なビルがあるんですが、そこにある着物屋さん。

いつも表に着物を着たマネキンがいるのでそれが目印。

http://blog.livedoor.jp/ichimanben2/

 

和風館 ichi

いちまんべんからごくわずかに東に行ったあたりにあるモダンでかなり奇抜な着物の店。(アンティーク着物ではありません。)三条通の南側にあります。

http://www.wafukan-ichi.jp/

 

itonowa (いとのわ)

http://itonowa.jp/

旧島原遊郭の大きな町家を改築して、小さなお店がたくさん入っている建物。

子どもの着物のお店やアンティーク着物のお店があります。

お店自体はものすごく小さいので量はそれほどないと思いますが、こぢんまりしたショッピングモールなのが楽しい。

島原一帯は遊郭の地域なので町の雰囲気が全然違います。ほんと、いまだに別世界。

 

天神さん、弘法さん

https://allabout.co.jp/gm/gc/76657/

これをはずしたらあかんやん!と思いましたので追記。

弘法さん(東寺)が21日、天神さん(北野天満宮)が25日になります。

まぁすごいですわ。とくに午前中がすごい。

着物好きな人はぜひ行かれてみて欲しいですが、現場は取り合いじゃないですけど、買おうと思っていたものを自分のわきに置いておいたら横から取られたとか、そういうのはザラにあるので、そこだけ注意してください。

バスとかももうすごい混み合います。すごい人です。

 

SOU・SOU(そうそう)

http://www.sousounetshop.jp/?no=6&mode=cate&cbid=482404&csid=0

SOU・SOUにも浴衣や着物があるのでとりあげてみました。

四条河原町、裏寺町付近にSOUSOUのお店が集まっている区画があるんですが、SOUSOU好きにはたまらない空間だと思います。

カラフルな足袋とかがあるんですね、これはかわいいなー。

http://sousounetshop.jp/?mode=cate&cbid=122459&csid=33

 あとね、sousouのバッグとかって和装にも不思議と馴染むんですよね。それでとりあえず載せておきます。

 

番外編

■長吉呉服店

コーデ・ギャラリー - 趣味のきもの 長吉呉服店

祗園甲部で長いこと舞妓〜芸妓をされていた女性が、ご実家の呉服屋を再建されたお店なんですが。すごくかわいらしい上品な着物でセンスがすごく良いのです。

お店自体は京都ではないので番外編です。

 

居内呉服店

http://sitateyasan.chicappa.jp/gofukuyasan/

こちらは大阪の呉服商なんですが、ものすごく個性的な作風なので取り上げてみました。ほかにない着物を着たい人には良いんではないかと思います。色使いがすごい!

 

番外編その2

えびす屋

http://www.ebisuya.com/

人力車の大手です。祗園や嵐山にある。

京都で着物をレンタルしてしゃなりしゃなり歩いてる人はたくさんいるんですけど、やっぱりそこはあと一歩踏み込んで人力車に乗ってほしい!

やっぱり着物で人力車ってめっちゃ絵になるじゃないですか。

 

 ■井筒

http://costume.iz2.or.jp/

老舗の法衣店である「井筒」の先代社長である井筒雅風氏は、日本の服飾研究の金字塔みたいな人だったんですが、その研究をもとに作られているであろうページです。すごい!

井筒には「風俗博物館」というのがありまして、源氏物語の世界を再現した巨大ジオラマを展示しています。風俗ってついてるけど性風俗じゃないですよ、平安風俗って意味ですよ。(HPの場所と違う場所に転居してるので、ご注意ください)

 

櫛まつり(安井金比羅堂)

http://milky.geocities.jp/kyotonosato/gyoji09/09kusi06.html

東山の安井金比羅堂で9月に行われる時代絵巻行列です。

知人もこれに出てはったなぁ。着物が好きな人は好きだと思いますので載せておきます。

 

弥栄(いやさか)

http://junihitoe.jp/

実はここは知ってる人のお店なんですけれども、ものすごい探究心で平安装束を調べ上げて、オーナーみずからが針もってこつこつ縫いあげてるんですよ。私は門外漢なのでわかりませんが、山科流とかね、縫い方の流派がきちんとあるらしいです。

あんまり本格的ですごいのでお値段もそれなりにいくんですが、もう本当に本格的ですごいのです。一生に一度の記念とか、そういうレベルの撮影ならよいんじゃないかと。子どもの平安装束とかものすごくかわいいですよ。

 倉木麻衣が新作のPVで平安装束を着ているのですが、ここの十二単だそうです。

 

 

おわり

 

発達障害と親の責任について気持ちを吐露したい

こんな記事がありました。

mess-y.com

なとろむ先生がこんなコメントを書かれていました。

はてなブックマーク - 「発達障害は親のせい」はデマ。発達障害の診断は、これからを考えるためのステップ 児童精神科医・姜昌勲さんインタビュー - messy|メッシー

「遺伝が原因なら親のせい」というブックマークコメントと、それにスターをつけている人たちは、本気なのですか。

2017/03/03 11:02

b.hatena.ne.jp

なので、今回はつらつらと自分の気持ちを書いてみたいと思います。

 

いわゆる保守派、親学とかの主張では、発達障害を親のしつけのせいだとする主張があるようですが、発達障害は生まれ持った脳の伝達物質分泌の異常ですから、その面で「親のせい」とするのはあきらかに間違いだと思います。

 

ただ、私のような大人になってから発達障害が見つかったような例だと、やっぱり親の責任も多少はあるんじゃないかというのもどうしても思ってしまう部分がある。どうにも親に対して恨みを持ってしまうところがある。

 

親学が主張しているようなものとまったく次元もベクトルも違い、かつ幼稚な発想でじつに情けないんですが、親が子どもを作らなければ、自分はこんなにしんどい思いをすることもなかった、っていう恨みなんですよ。

親学が言うてるのって、いわば親への牽制じゃないですか。

 発達障害の当事者からすると、どうしてこんなしんどい体に生んだ、どうしてこんなつらい、苦しい思いをさせるんだ、って親に対して思うんです。

だって避妊してれば子どもはできんかったわけですからね。

 

こうやって書きながらも幼稚な考えだなぁと思うんですけど、気持ち的には、こんなしんどい思いをするくらいなら生まれてきたくなかったなぁというのが本音です。

親に、発達障害の責任はありません。でも、心情的には親のせいだと思ってしまう。当事者側にはそんな気持ちがあります。

これが不毛な考えだというのはよくわかっています。だけど気持ちはまだまだ割り切れないのです。

 

私には兄がいて、彼は中学生のときに統合失調症になりました。兄はもともと自閉症だったんですが、虐待とストレスによる二次障害で統合失調症を発症しました。

ひどいなと思うのですが、親は「恥だから」という理由で、何年間も彼を病院へ連れていきませんでした。

夜中じゅう吠えていたり、毒が入っている!と言って食事を拒否してガリガリに痩せていたりしたにも関わらず、です。

 

兄は苦しみのためによく家で暴れていて、母親のことを殴りつけていました。

「どうして俺を生んだ!俺は生んでくれって頼んでない!」

こう言って、泣きながら母をぶちのめしていました。

ろれつがまわらなくて聞き取れないときもありましたが、子宮に戻してくれと叫んでいたこともあります。

やっぱり生きづらさがひどかったんだと思います。

 

私が子どものころは「発達障害」という概念そのものがありませんでした。

だから、私も社会でやっていけなくなるまで、まったく自分のことを健常者だと信じてうたがいませんでした。

 

 

以前、精神科医水島広子さんが、twitterで「毒親と呼ばれる親のうちの何割かは発達障害の可能性があるから、本人も大変だから許してやってくれないか」というツイートをして、炎上してしまったことがありました。このツイートはのちに消されていますが、私はこのツイートをした気持ちもわかるし、これに対して憤った人の気持ちもよくわかる。

 

うちの家もそうなんですが、親がASDアスペルガー)だったりすると、家族間でもコミュニケーション不全があたりまえのように起きます。

相手の言いたい事がわからない。気持ちがわからない。何を言いたいかわからない。

自分の言いたい事が言語化できない。相手の言ったことをすぐに忘れる。

相手を尊重するということがわからない。自分のことしか考えられない。

これが家族の初期設定値になるのです。

とくに私の家なんかは家族の大半が自閉症なわけで、まともでないコミュニケーションを普通だと思って育ちますから、当然、家の外の社会…学校などでの振舞やコミュニケーションは珍妙なものになり、結果としていじめに遭うわけです。

 

 よく言われている話ですが、発達障害者は社会性が育っていないことが多くあります。

だから親になっても、親としてどのように振舞っていいかがわからない。

子どもが学校でいじめにあっても、どう対処して良いかがわからない。

子どもを助けるどころか、いじめられたことを子どものせいにして逃げてしまうような、親としてどうしようもなく未熟な親になってしまう。

 

私の父親はすぐにパニックを起こしてしまうタイプのアスペルガーなのですが、

やはり子どものことでもパニックを起こし、殴るとか蹴るとかいう、子どもを抑圧する方法でしか対処ができませんでした。でもやっぱり子どもを殴ると脳がおかしくなって、発達障害はどんどん悪化しますし、二次障害で精神疾患を発病します。

何よりも子ども自身が自己尊厳がなくなってしまって人生が狂います。

 

だから発達障害の子どもが生まれてしまったときは、親がどれだけサポートできるかが重要なんですけど、親も発達障害だと余裕が全然なくてほんと地獄みたいになっちゃう。うちの家がまさにそうだったんですけど。

 

 

認めない親

 発達障害の著名な研究者/医師で星野仁彦さんという人がいます。

この人が著作で書いているのですが、子どもの発達障害を絶対に認めない親が存在します。

うちの母もまさにこのタイプで、かなりヒステリックに「私の子どもが障害者なわけがない!」と何度となく叫ばれました。私が確定診断を受けた病院にまでわざわざ電話をかけて抗議、うちの子は何でもできる優秀な子どもだった!と強く主張してました。

こういう人の心理の底にあるのは、「私は優秀だ、だから私の子どもも優秀に違いない」という優性思想に近い考えや、

この私が障害児を産むはずがない」という、少し差別感情の入った自己愛だと思っています。

 

子どもの特性を障害として認められない。障害を認められないから、お前は怠けているだけだ、努力しろ、本当はやればできるはずなどと子どもを追いつめたりしてしまう。子どもにとって大変なストレスを、親が与えている。

優秀な子供でなければ私の子ではない育児放棄をしたり、虐待にはしる親も実際にいます。

 こういうパーソナリティの人を親として持ってしまうと、当然ですが療育の機会を奪われます。親に責任があるとするならば、やはりここだと思う。

こういう親を持ってしまって療育をきちんと受けられなかった子どもはかなり悲惨だと思いますよ…。

私だって母を恨んでますよ、いまだに私の発達障害を絶対認めませんから。

 

最後になりますが、これはアメリカの調査らしいんですが、アスペルガーの人は平均寿命が18年ほど短いのです。というのも生きづらさに耐えかねて自殺をしてしまうからだそうで、私自身も苦しさから何度となく自殺未遂はしてきたんですが、データとして知ってもやっぱり「ああ〜」という感じになる。

ASDの自殺率は通常の9倍だそうです。

 

さらに言うと、女性でASD、加えてLDを持った人というのは非常に自殺率が高く、平均年齢もきわめて短いんだそうです。私やないか。いやほんま生きづらさがハンパない。

 

このくらい、生きづらさがひどいわけです。努力とかと全然違う次元で。

 

だから、私は親に「なんでこんなしんどいのに生んだ」という気持ちはやっぱり抱いてしまうんですよね。

 

追記

ブコメでの指摘を受けまして、一部誤字を訂正いたしました。id:Iridiumさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

無能な発達障害当事者だけど安楽死の権利が欲しい

menhera.jp

anond.hatelabo.jp

 

ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて – メンヘラ.jp

ズレコメで申し訳ないが、発達障害者で仕事を継続していられるのは相当軽度の部類ですよ。ガチだと障害者枠ですら働けない。私は本人が望むなら安楽死の権利があっても良いのではないかとすら思っている。

2017/02/26 18:05

b.hatena.ne.jp

 何度もこのブログで書いてきたが、私は発達障害の当事者だ。

確定診断のときのメイン診断は「高機能自閉症」で、それにサブとして不注意優勢型のADHDとLDが追加された。

 

このような記事を読むと、それなりに双方の主張がわかるし、残業させてくれという気持ちもわかる。が、日本のような横並びをヨシとする風土でそれを主張するのはかなり難しいだろうなというのを思ったりもする。

 

ブログやコメントでも何度か書いてきたが、発達障害で働ける個体というのは、基本的に体調が安定した人のみである。

そうでない人はほとんど働くことができない。

職場側だって、体調が一定しない人を受け入れるのはかなり負担が大きいだろう。

 

  

去年まで私は、自分の裁量で仕事量を決められる自営業をしていた。

自営を続けていたのは5年ほどである。

もともと体が弱いので、しんどいときに仕事の量を減らせるのはものすごく助かった。

この働き方でなければ、私は5年働き続けることはできなかったと思う。

 

だが、どれほど頑張っても、私は自分が暮らしていけるだけのお金を稼ぎ出すことができなかった。体がもたなくて、通常の人の1/3程度しか働けないからだ。

 

 

その当時は、それまでの貯金を切り崩しながら生活していて、貯金が尽きたらホームレス決定だった。

仕事を続けながら、空き時間に性風俗のバイトをするとかそういったことも考えたが、やはりこれも体がもたない。

ホームレスになるのは嫌だなぁ、死ぬしかないな。

そう思いながらじりじりと貯金が減って行くのはすごく精神的にきつかった。

精神的にきついのだけれど、お金がなくて病院にかかれない。保険料も滞納している。

私はただひたすら布団に潜って鬱や対人恐怖に耐えていた。仕事が救いだった。

それでもお金が減って行く。

いつも、どこでどんなふうに死のうかとばかり考えていた。

 

結局、自分の店を閉めることになってしまったのだけれど、そのショックは大きくて、仕事を失って1ヶ月後くらいだったろうか、鬱に耐えきれなくなった私は首を吊った。そのくらい仕事を失ったことが悲しかった。だが全て自己責任だ。自分が無能だから仕事を失った。それだけの話である。

 

 

働きたいのに働けない これは発達障害の人が多くぶちあたる壁だと思う。

 

発達障害者は、定型を基準に作られた社会では異端分子だから、うまく順応して生きることができない。(できる個体もいるが、能力や環境に恵まれた場合のみである)

 

だけど、障害年金が出るわけでもないし、発達障害支援センターも障害者枠での雇用も、あくまでも対象としているのは「体調が安定した個体」であるから、そうでない個体にとってこの救済策はほとんど意味がない。

 

私は、自分の障害に気づき始めたころから、何も救済策がないのであればせめて安らかに死なせてくれと思うようになった。

 

自分が生きて行けるだけのお金が稼げない

お金を稼ぐ能力がない

人はお金がなければ生きて行けない

障害年金生活保護もほとんど通らない

それならば死ぬ以外に方法がない

だったら安らかに死にたい

 

安楽死の権利が欲しい。

この社会に生きる場所がないのであれば、そのくらい許されてもいいはずだ。

 

 ■

 

当事者のブログがあったが、このブログに私はもう、全面的に同意する。

unnamable.hateblo.jp

 

たまたま、こういう個体に生まれついてしまっただけのことなのに、非常に残念なことである。

 来世はサカナに生まれるのが私の願いである。

 

 

おわり