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けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

自己肯定感と子どもについての話

匿名ダイアリーでこんな増田が現れ、ブコメがとても興味深かった。

anond.hatelabo.jp

実は私もほぼ同じ感覚を持っていて、一体それは何なのかなと探ってみたら、自分自身にある圧倒的な自己肯定感のなさから来てるんだなとわかり、それ以来、少し一歩引いた感じで見られるようなった。

自己肯定感というのはとても不思議なもので、他者が客観的に判断することがまったくできない。客観的に見てすごいと思うような人が、自己肯定感がまったくなく、自己否定に苦しんでいたりする場合もあるし、かと思えばごく普通の人が圧倒的な自己肯定感を持っていて、人生を肯定的にとらえてグイグイいってたりする。

 

自己肯定感について、自由ネコid:gattolibero さんが書いてらっしゃるブログがとても参考になります。

gattolibero.hatenablog.com

この中に出てくる、圧倒的な自己肯定感を持った人!!!!

なんか年齢やルックスにまったく関わらず、圧倒的な自己肯定感に満ちている人。ほんと、こっちから見るとキラキラしてまぶしいくらい。

 

私には、正直、皆さんの気持ちがよく分かりません。 私は物心ついた時からずっと、 両親から 「あなたは素晴らしい存在なんだよ」 と言い聞かされて生きてきました。 しつこいくらい、何度も何度も 「あなたはただ生きてるだけで最高の存在なんだよ」 って言われて育ちました。 だから、みなさんが何に苦しんでいるのかよく分かりません。

自己肯定感が低く、生きづらさを抱えている人が最初に取り組むべき事 - 自由ネコ

 

何年か前に自助グループへ行った事があります。そこでは自己肯定感がある人には1人も出会いませんでした。「アル中の父親が憎いから絶対に酒は飲まない」と言いながらものすごいタバコ中毒の人とかいました…。なんというか、やるせなかった。

 

これは以前、別の記事についてコメントなのですが、私はこのコメントにとてもハッとさせられました。

貧乏人は人への頼り方を知らない

この女性を始め人生に躓く人は自己肯定感が低いんだよ。人を頼るには、自分にはその価値があるという意識が必須なんだよね。

2016/09/10 22:02

b.hatena.ne.jp

自己肯定感が低いことの何が問題かというと、人生の要所要所での判断が自己肯定感によって左右されるので、本来なら苦しまなくて済むところでも苦しむ方を選択してしまいやすい。最悪死ぬところまで行きます。肯定感が低いのでだれかに助けを求めることもできない。

自己肯定感がないと人生につまづきやすくなるし、人生につまづいた人は子どもを持つのが難しくなる

子どもがどのような環境に生まれるかも二極化してきている。

 匿名ダイアリーの増田は、子どもが貧困な環境に生まれてくることを想定している。でも、現状としてはある程度裕福な家に子どもが生まれている。だからコメントで乖離が起きる。そんな感じがある。

 

 自分の話で恐縮なんですが、私は小さいときから物覚えが悪く(発達障害だったんですけど)空気も読めないし変な発言はするし不注意ですぐ怪我するしで、よく親にシバかれてました。

それだけならまだマシだったかなと思うんですが、酷かったのは小学校の教師(男)が、今だったら絶対に逮捕モノのものすごい暴力教師で、教室でバンバン暴力を振るうんですよね…。小学生のクラスって必ずちょっと動きがグズグズした感じの男子っているじゃないですか。そういう子らを徹底的にいじめ抜いてて、回し蹴りの的になれと強制したりとかね…。罪状は「授業をちゃんと聞いてなかった」とかそんな理由。もちろん私もよくビンタされてました。とにかくすぐ殴る。一日に何人もの子どもを殴りつけるので、「お前らのせいで拳が痛い」とか言ってた。

そんな恐怖政治が行われているから、だんだん生徒たちも頭が変になってくる。いわゆるDVの被害者が頭が回らないみたいな状態になってくる。さすがにもう精神的に疲労してきて、父親に学校の先生が暴力を振るってきてつらいって訴えたら

「学校の先生がそんなことをするはずがない、嘘をつくな!」

と逆に怒鳴られ、ここで自己肯定感がバキバキに打ち砕かれた。

そこからは坂を転げるようにメンヘラへ転落していって、小学生なのに早く死にたいとか思うようになってしまい、自殺未遂に近いことも何度かしました。

でも、後から思うともう両親は兄のことで疲労困憊していて、私にまで割く余裕がなかったんですけどね。

 

こんな調子で自己肯定感がとにかく稀薄で、やはりじょじょに子どもを持とうと思わなくなりました。自分の子ども時代が本当にしんどすぎた。。

 

 私のまわりには上級国民が多いのですが、自分が生きていることを肯定できていたり、子どものころにとても幸せだったという人が多い。

幸せな子ども時代を過ごした人は、自分の子どもを持って、その子を幸せにしてあげたいと自然と思うんですね。

 私は幸せな子ども時代を過ごしてないので、モヤモヤした怒りとか悲しみが沸いてきて仕方なかった。長い年月を経てこの怒りの正体に気づいたとき、もう子どもを望むのが厳しい年齢になっていました。

 私は自分の発達障害が子どもに遺伝するのをとても恐れていて、子どもを持ちたいと思わなくなったのですが、これも自己肯定感の問題だとわかってきた。発達障害の人はとりわけいろいろな事につまずきやすいのですが、もともとの自己肯定感があればやはりここも全然違うのです。

 

自己肯定感がない人は、自分が持つダメな部分をすぐに自己肯定感と結びつけてしまうが、自己肯定感がある人というのは、ダメな部分があってもなんでも、肯定感がある。次元が違う部分に、自己肯定感があるのです。

自己肯定感がない人とある人との感覚の違いはここから来ている。自己肯定感がない人は、レイヤーが違うんだと覚えておくと、必要以上に苦しまずにすむと思う。

 

 

毒親を持つ子どもは、自身の子どもを持ちたがらなくなる

 

 私が若いころは、「親のせいにするな」という声がめちゃくちゃ大きかった。ところが近年になって「毒親」がじょじょに認められる感じになってきて、親との関係に苦しんだ末、子どもを持つことを選択できなかったという人も、一定数いるのではないかと思うようになった。

この記事のブコメ欄がとても興味深かった。

b.hatena.ne.jp

私の母もかなり毒親なんですが、「早く子どもを産んで、私にちょうだい。お父さんのせいで私は子育てに失敗した。今度こそうまくやってみせる。だから早く子どもを産んで、私にちょうだい」と言われていました。

もしも自分が子どもを生んだら母親に取られてしまうのではないかという恐怖と、毒親にスポイルされているから、私は母に従ってしまうのではないかという二重の恐怖があった。

 

…こうして書いてみるとただれてるなぁ。

 

ブログに救われた

 

私はブログを初めてまだ数ヶ月なんですが、引用してくれる人がいたり、コメントをくださる方がいて、ネットの広さや懐の深さを感じています。

逆に、自分が誰かのブログを楽しみにしていたり肯定することで、その人が少しでも安らぎを覚えてくれることはとても嬉しい。浅く広くゆるく自助活動ができているのかなと思う。

ブログを書いて明文化することで気持ちが整理できたり、自由ネコid:gattoliberoさんのようなブログで生きるヒントを得たり。名も知らない誰かに肯定されるだけでも、もともとの肯定感がなかった人には大変な励みになると思います。

(ただネットにはヘイトも同時にあるので難しい部分もあるのですが)

 

 

自己肯定感と子どもを持つことについて書いてきましたが、この手の話題になると、やはりジェンダーバイアスを感じています。

男の人が「子どもはあまり好きじゃない」とか、「仕事が忙しくて子どもにかまう余裕がなかった」みたいなことを言っていてもなんとなく許される風潮があると思うんですが、同じことを女性が言っていると、あなた人間性大丈夫!?くらいの反応を示す人もいる。

チャイルド・ヘイトを、実際の行動に移すまでいくのは男性のほうが圧倒的に多いと思うんですが、なぜかあまりここは指摘されない感じが。。

togetter.com

女性にも、子持ちのほうが偉いというヒエラルキーがありますが、男性にももちろんこれがある。さらに言うと、子どもの容姿が美しいほうが上位だったりとかね。。やっぱり障害児をもったお母さんはすごい肩身狭そうにしてるしね。。このへんの競争って、子どもが子ども、孫くらいまで延々と続くので、もうそういう競争から降りたいみたいな感覚も少しあったりする。

 

私個人の感覚ですが、自己肯定感がない人が無理に子どもを持つ事はないと思う。いや、欲しければいいんですが。少子化だけど、できれば日本中に幸せな子が増えて欲しいと思ってしまう。私のように虐待された場合なんかは負の連鎖は断ち切っていかないと…と思う人も多いのでは。ああ、それを淘汰と呼ぶのかもしれない。

 

 

 

おわり