けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

近況

なんと前回のブログから一ヶ月以上が経過しておりました。

英語とかのブログにコメントを下さった方、お返事遅れておりましてすみません。

コメントいただいてで思ったんですけど、発達障害の人って誤解しやすい脳をしてるんでしょうかね…。

 

 

 ところで、最近の近況です。

ここしばらく相変わらず体調がひどくて、1週間くらい前は全身にじんましんが出てかゆみで目が覚める始末で。これは病院に行きましてアレルギーの薬を出してもらって一段落ついたかなというくらいで今度はぎっくり腰になってしまって、今日で寝込んで2日目です。痛みがすごくてまともに歩けないのですが、今日はなんとか洗濯ができたところです。おそらくここしばらくの天候の急激な変化と、過労と心労とが全部重なった感じです。

もともとあった体調不良ですが、さほどはっきりした治療法がないのに大病院に今行くのはあまり良くないだろうとのことで調べたりしてません。

 

 

さて、世の中はコロナ禍でございますが、私はというと、あまり行動自体は変わっていないのですが、洗濯がひたすら増えたのを実感しています。手を洗うのとかは3倍くらいになったかもしれません。

 

京都にいたときの親しい友人がネットで飲み会をしようと誘ってくれて、それに参加したりしてたんですが、なんかみんなすごいですね…。この友人自身も8月くらいまでの仕事が全部吹っ飛んで、完全に無職。なのでアルバイトを始めると言ってました。

で、このときの飲み会で、「みんな暇なとき何してるー?」みたいなことを友人が言い出したんですね。「ギター弾いてる」とかそういう意見もあったんですけど、私はというと、とにかく生活そのものにひどく時間がかかるようになったなと思っていたりします。

外出したら、帰宅してすぐにお風呂にはいるとか、手洗いをしっかりするとか、とにかく清潔をこころがける、買ってきたものは全部除菌シートで拭いてからしまう等をやっていると、なんかもう疲れて疲れて。

あと、外出したときはかならず玄関の靴と靴のうら、玄関の床を全部除菌シートで拭く、というのをやっているんですが、これだってけっこう大変です。

 

というわけで、毎日ドッと疲れています。これはコロナ疲れかな。

あと、回廊に迷い込むとか、そういう夢ばかり見ています。

あまり夢のことを書くのはよくないらしいのですが、変な夢を見る人が増えているらしい。怖い。

 

 

 

おわり

 

 

検査結果

少し前に血液検査と甲状腺の検査に行ってきました。

かなり前のエントリで「甲状腺機能を調べてみては?」というものがあり、ちょっと甲状腺機能低下も疑っていたので、まず内分泌専門のクリニックへ行ったんですね。

 

で、結果はというと、血液検査の結果はオールオッケーで、ホルモンも肝臓も腎臓も貧血もコレステロールも、とくにこれといったはずれた値がなくて、ものすごい正常値でした。

ところが甲状腺のエコー検査をしたところ、「嚢胞」といいまして、いくつか、中に血の入った小さなできものが甲状腺の中にあることがわかりました。すべて1センチに満たないのですが、左に二つ、右に一つありました。

で、以前のエントリで「ちょっとこの先生、専門馬鹿ぽいな」みたいなことを書いていたと思うんですけど、その勘がドンピシャで当たっちゃって。

いざ甲状腺の中にできものがあったってことになったときに、患者側が知りたいのって

 @それはどのようなものなのか?

 @危険な状態なのか?

 @大きくなったりするのか?

 @何が問題なのか?

 @どのような状態が正しくて、どうすれば治るのか?

 @どのように生活するのが一番ベストなのか?

 @何が原因でこのできものができたのか?

 @放っておいてよいのか?

 @投薬は?

…みたいなことだと思うんですよ。

でも、先生はエコー検査で出た「ここの波形がね、上行って、下行って、こう波になってる」とかいう話をしてくるんですよ。

あのね、エコー検査の波形について説明されたってわからないですよ、ふつう。

波形の形よりも上に書いたようなことのほうが心配ですよね。でもこっちからグイグイ迫らないと全然教えてくれない。まぁ仕方ないから自分から聞いてきたのと、

あと強烈な全身疲労感が、この嚢胞によって引き起こされているとはちょっと考えづらいので、おそらくは違うでしょう、でも嚢胞の検査にたまに来てね、みたいな感じで終わりました。

 

また振り出しに戻った感じですが、なんとかしてみおしんさんがたどり着いた病院に私もたどり着きたいと思っています。

 

以上、検査結果の報告でした。

 

おわり

血液検査に行ってきました

先週のことになりますが、やっと血液検査に行ってきました。

検査結果が出るのは先らしいのでまだ結果はわかっていません。

 

クリニックに行く直前にこの記事を読み、ほぼほぼ症状があてはまるのに愕然となりました。『繊維筋痛症』ていうのはざっくりとは知っていたんですが、症状の中に「疲労」があるの!?えー?私、これじゃないの??

soar-world.com

この人がかかった病院はどこなんでしょう。点滴で楽になるのなら私もそこで治療を受けたいくらいです。(本気で知りたいのですが、一体どうすれば…)

 

先日も洗濯物を干しているときに強い痛みが腕のあたりに来て泣きそうになって中断しています。今、家事スピードがものすごく遅くなっていて、洗濯だけで一日4〜5時間くらいかかっていたりします。まぁもともとあまりテキパキ動けないタイプなので、休みながらの家事にはものすごく時間がかかるのですが。

 

ちなみに血液検査に行ったクリニックは、正直いってハズレで、先生が専門馬鹿!って感じで、あ、しまったみたいな感じでした…。血液検査の結果を聞きに行かないとだけど、よく、無駄に検査ばかすかするところってあるじゃないですか。もろにそのタイプのクリニック。もう行くの嫌だ。

 

 

ところで先日、ブコメをいただきまして、それに対してお返事。

学習障害の私が中学英語を復習してみた話 - けっこう毛だらけ猫愛だらけ

三人称わからないってのは日本語の彼らとか彼とか彼女も理解できないのかしら?was invitedは受動態では

2020/03/08 21:06

b.hatena.ne.jp

こんなブコメをいただいたんですけど、中学生当時だと「一人称」「二人称」「三人称」というのがわかりませんでした。言葉として理解できない感じです。

学習障害なので、「自分のことは一人称」「◯◯さんのことは二人称」と説明されても、「◯◯さんは2人存在していないのになぜ“二人称”という呼び方をするのか」がわからないわけです。

「三人称」になるともっとわからなくて、「“彼ら”、“彼女ら”は常に3人で行動しているグループなのか?」「え?3人じゃない?じゃあなんで“3人称”と言うのか?」といった質問を繰り出します。これは冗談でやってるわけではなくて、本気でわからないのです。(注:3人じゃないものに対して、なぜ「3人」という単語が入っているのかがわからないとか、ここを受け入れることができないのは、どちらかというとアスペルガーの特性に近いかもしれません)

 

これを聞いた多くの人は、「なぜそこがわからないんだろう」とか、「なんでそんなトンチンカンなんだろう」と思うかもしれませんが、障害があるというのはこういう事なんだと私は思っています。

で、普通なら1日で理解できるところが数年とか経ってもやっぱりわからないし、説明されても「??」となってわからない。

「人が複数いることを、なぜ“三人称”と言うのですか?」とかを質問しに行ったりするけれど、おそらくですがこれを説明できる英語の先生はあまりいないと思います。

この続きで、ぞくぞくと出てくる「現在完了」とか「過去完了」とか「受動態」とかも、言葉として意味がわからないです。「助詞」「過去分詞」とかも当然わかりません。

大人になった今では、英語と日本語が、言語として大きくかけはなれているために、それを説明するために作られた文法用語だということがわかるのですが、中学生の段階では周りにそれを説明する人もいなかったし、説明されてもおそらく理解できないでしょう。

理解するちからがきわめて低いので、どんどんまわりからかけ離れて行くし、こんな調子だと学校の授業全然おもしろくないんですよね。

今でこそ冷静に振り返れますが、学習障害のある子どもに普通の教科書で授業をすすめるの、まったく無理なんじゃないですか。

 

今、この文を書いていて思ったのですが、アスペルガーがベースにあるから、「これは決まりだから。理由とかないから覚えて」とか言われても、納得ができなければそこから先に進めない。がんとして動きません。これも周囲から排除される一因なんだろうなぁ。アスペルガーの人はこういうのから無理に進もうとするとものすごい混乱に陥ってパニック起こしたりするので本当にやっかいだと思います。。

 

私が英語の面白さがわかったのはここ数年のことで、実際に外国人とやりとりをするようになってから以降のことです。ごく簡単な英語で外国人とやりとりできますが、いまだに“三人称複数”と“三人称単数”は何がどう違うのかわかりません。もしかしたらそんな用語ない??そのあたりもわかってないんです。

 

…とまぁ、こう書いてきて、うーん、学習障害の人ってすごい大変だなと私思うんですよね。

いつだったか、ブコメだかどこかのコメントで、私が一卵性双生児で、かつ双子の相方にもアスペルガーがあるが、学習障害はないというのを書いたら「へ〜!」みたいな反応されました。そこに関しては私自身もちょっと興味深いと思っています。

 

日本語の「彼ら」とかについては、今でこそ使いますが、小学生のうちに多用した記憶はないし、中学生になったばかりの段階だと「“彼ら”と“あの人たち”は、何がどう違うのか」とか、そんな感じの感覚でした。なので、たしかに日本語としても理解できていなかったのかもしれません。

 

 

おわり

 

2月の近況と情報募集

今日、はてなから「PVがこれくらい行きました」みたいなお知らせがきて、へ〜、私まったく更新してへんのに読んでくれる人おるんやなぁ、みたいな気持ちになりました。

 

ところで、調子の悪いのがあまりにも改善しないので、これはもしかしたら慢性疲労症候群かなにかを発症してしまったのかなと思っています。ネットで相談して指摘されたのがきっかけ。まだ病院にはかかっていなくて、病院の情報を探しています。

 

厚労省の発表している診断基準というのがあって

www.fuksi-kagk-u.ac.jp

これを読むとかなり合致するので「ええ…」みたいな気分に。

少し前まではすぐに出来た所作がまったくできないし、以前はごはんを作ることはそれなりにこなしていたのですが、もう最近では食事を作ることもしんどくて、台所に立って野菜を切っていると、100メートルを全速力ダッシュで駆け抜けたあとみたいな疲労感がぐわーっとあがってきて、晩ご飯作るのももう必死みたいな感じになっています。

けっこう夫が手伝ってくれて、それでなんとか生きている感じです。 

f:id:nenesan0102:20200209205410p:plain

(出典 

https://www.fuksi-kagk-u.ac.jp/guide/efforts/research/kuratsune/fatigue/fatigue03.html )

 

これは厚労省の発表している疲労度の客観的指標なんですが、これで行くと6と7のあいだくらい。以前は3くらいだったので、それなりに生活ができていたんですが、

最近はもうあまりにも疲労感がすさまじくて、ちょっと日常生活に支障が出てきました。もともと体は虚弱な方でしたが、日常生活はなんとか送れていたので、どうにもつらい。

しかも調べていくと、すでに私が患っている難病に併発して出やすい疾患らしく、それを知ったときもまた「ええ…」という感じでした。いや、まだ慢性疲労症候群と決まったわけじゃないんですけど。

というわけで、最近は一日のほとんどを寝て過ごしています。お風呂にも疲れ果てて入れないくらいで、4日に一度くらいになったりしてます。で、お風呂に入るともうドッと疲れる、みたいな。

以前だったら1日〜2日くらい寝たらそれなりに回復したんですけど、まるきり回復する気配がありません。心情的にはもうあきらめてきています。

あと、疲れがひどくなってからやたら鼻血が出るんですよね。すごく微量で、鼻水かなと思ったら血で。ほぼ毎日鼻血が出ている。右だけから。これもなんなのかなと不思議です。

 

慢性疲労症候群に関しては、かつて理研が下記のような研究発表をリリースしたことがあります。

www.riken.jp

6年ほど前の研究発表なんですが、これ、どれだけ臨床方面に普及しているんでしょうか。慢性疲労を訴えても脳のPET検査なんてほとんどどこの病院も扱ってないっぽいんですが。

あと、ちょっと私が思うのは慢性疲労症候群発達障害との関連性です。

発達障害はもともと脳に問題がある障害ですし、炎症が起きやすい体をしています。

発達障害の人々は高リスク群になりうるのかな、みたいな…くだらないことを考えたりしています。

 

 

というわけで、もし診断可能な病院の情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、コメント、ブコメなどでお知らせいただけましたら幸いです。場所は東京希望です。

連休あけに近くにある脳神経外科に連絡をとってみる予定です。

 

 

おわり

近況

鬱ブログな内容になるので、嫌な人はリターンしてください。

 

 

 

 

 

 

昨年末くらいから本当に調子がだめで、相変わらず寝たきりになっている。

私はもともと発達障害が原因で極度に疲れやすい人なのだが、それでもまだなんとかマイペースで休みながらであれば家事をこなすことはできた。ところが12月の末あたりからもう何をしていてもすごくつらい。皿を洗うのも料理をするのもすごく苦しい。こういうのは初めてで戸惑っている。もうとにかくしんどい。

かといえばじゃあ死にたいのか?と言われればそこまで明確な希死念慮があるわけではなく、ただただもう、徹底的に疲れている。苦しい。具体的にどこが苦しいとかいうのはうまく言えないのだが苦しい。

処方されているごく軽い抗不安薬を飲んで、その薬が効いてきたくらいでなんとか起き上がって家事してという感じになっている。

とにかく何をするにもしんどい。何がどうしてこうなった。

 

 

 ところで先日、twitterでこんなやりとりをしているのを見かけた。

 すごいなぁ、この人。健常者でも3カ国語ができて高学歴で大手企業なんてなかなかないよ。発達障害の一部にこういう突出した人っているんだよな。この人だって発達障害で困ってはいるんだろうけど、やっぱり発達障害者のすべてがここまで高能力ではないから、この人を基準にすることはできないよ。

 

やはり発達障害の個人差は大きい。

そう思うと、私はこれまで発達障害であることを理由に死にたいと思っていたが、本質的なところは発達障害じゃなくて自分に生きる能力がなかったことなんだ。

自分の力で生き抜けることができるだけの能力があれば、私はそこまで死にたがっていないかもしれない。食い扶持稼げないレベルの低能力に生まれたらそりゃしんどいよな…。問題なのは発達障害じゃなくて自分が低能力だということだったんだな。

 

 こんなツイートも見かけた。やまゆり事件が初公判をむかえていて、ふたたび障害者や障害者をとりまく環境に注目が集まっているが、やまゆり事件について、どこかのえらい先生だったかが「人を生産性で評価してはならない」というようなことをおっしゃっていたが、私は「じゃあ、どんなことで評価しているんだろう」と素朴に思ったものである。

誰がなんと言おうと、人には社会的な優劣がある。事故やら何やらが起きたとき、真っ先に救助されるのは王族貴族VIPなわけで、命の価値には明確な差がある。

障害者関連で誰か偉い先生とかが何かを語るとき、なんとなくしらじらしさを感じてしまうのは、その発言が現実と乖離しているからだろう。

前にも書いたが発達障害精神障害だと保険に入れなかったり、会社を解雇されたり、あきらかな差別があるんだもの。

 

 

 ところで先日、こんな記事があった。

gendai.ismedia.jp

 自分は女なのに、この記事にとんちんかんなコメントをつけている。一卵性双子である私と妹との現状の大きな違いである。

時々、このブログにも登場するが私には学習障害があって、小学校1年生からまったく勉強についていけない落ちこぼれの問題児だった。一方、妹には(一卵性双子であるのだが)学習障害はなく、中学生くらいから偏差値70超えをバンバン叩き出すようなかなりの秀才であった。

本人に聞くと「ああ、こういうことなんかなと思ったらだいたい合ってる」と言っていたことがあり、得意分野がそのまま彼女の研究分野となり、現在は国立大学で先生をしている。

 われわれは一卵性双子であるから、かなりの部分のDNAを共有しているし、育ち方もほぼほぼ一緒に等しい。とくに幼少期に差がつけられたとかもない。私の学習障害は幼少期にすでに始まっているから、一体何が原因なのかと思ってもやはりわからないのである。脳のどこかの神経回路の問題なのかなと思うのだが、自分はそっちの専門家ではないのでわからない。

学習障害についての研究は一体どこまで進んでいるのだろうか。ちょっとあとで調べてみようかと思う。

 

とりあえず今のところなんとか生きています。

 

 

おわり

 

無能な人が働くことの難しさ

先日、このようなニュースがあった。障害者雇用に関してのニュースである。

www3.nhk.or.jp

 私は、私自身が障害者であるから、なるほどなぁと思いながらこのニュースを読んだ。

日本には、現在約700万人の障害者がいるとされているが、民間企業で働いている障害者が46万人だとのことだから、数パーセントほどのトップ層だけが民間企業で働けているということになる。私自身は、民間企業で働いた経験は一度もない。まず雇われないし、民間企業でやっていけるだけの能力が皆無だからである。

 

ところで、以前このような記事を書いた。

nenesan0102.hatenablog.com

 私は、私自身がそもそもあまり生きるのには向いていない性質だと思っているのだが、生きることそのものができないわけではないので、やはり正確に表現するのなら「働くこと」という事になる。

 

 さて、冒頭にも書いているが、私は障害者で手帳も所持しているが、障害者枠の仕事に応募したことは一度もない。なぜならまわりに迷惑をかけることが明白だからである。

もともと私が障害者手帳をとったのは、あまりにも働けないため、障害者枠ならば…という期待から手帳を取得したのであるが、考えれば考えるほどこりゃ無理だと思って、応募することすらしていない。

障害者枠で働いている人のうち、安定して働けているのはおよそ2割だとのことであるが、それだってかなりの配慮をされているのになお8割が脱落していくというのが現実なわけである。安定して働けている2割の人が、体力的にも精神的にもかなりタフな部類の障害者であることは言うまでもない。

 すごく自虐的ではあるのだが、私は民間企業で働けるのだろうか。おそらく無理である。

 ・私のスペック:40代、ASDADHD、LD、APDの障害、自己免疫疾患難病あり。職歴ほぼなし。パワポ(少し)ワード(少し、トラブルに対処できない)、エクセル(算数障害のためまったく扱えない)、電話しながらメモ取れない、並行処理ができない、複数の人との会話は混乱、動作性IQが低いため作業がきわめて遅い、言われたことをすぐに理解できない。処理能力が低いためすぐにパニックになる。感覚過敏のため大きな音のする現場での就労不可。

これに加えて、発達障害の特性から、異常なほど自律神経が弱く、すぐに下痢発熱をともなう体調不良をおこす。だから仮にどこかが私のことを雇ってくれたとしても、以下のような状況になる。

〜〜〜〜〜

 月曜日:(前日に始まっている緊張から来る激しい下痢をかかえながら)出社、なんとか定時まで働く。後半は意識混濁状態。

 火曜日:疲れすぎて高熱を出す。朦朧として起き上がれず出社できない。夜7時頃にようやく熱が下がり起き上がる。疲労で全身にちぎれるような痛み。

 水曜日:なんとか出社するも出社時点でHPは残り5くらい。疲れから来る精神疲労がすさまじく途中で退社。(帰宅後寝込む。無理すると吐く。)

 木曜日:ふたたび発熱、出社できない。まる一日寝込む。ひどい全身痛。

 金曜日:月曜日からの疲れを引きずり、出社できない/もしくは、かろうじて出社するも疲れ過ぎて仕事にならない。

 土曜日:一日中寝込む。体中が痛む。

 日曜日:疲れすぎて回復できず、気づいたら夕方。

 →月曜日に戻る

 

 〜〜〜〜〜〜

  これを読んだ人はおそらく「これじゃさすがに無理なんじゃないか」と思われるだろうと思う。私もそう思う。というか、私が経営者だったら、こんなにも脆弱な人材が来ても現場が迷惑だし、これを読んだ皆さんは、同僚にこういう人がいたらかなり大変なんじゃないかと思うことだろう。だから私は民間企業で働こうなどという無謀なことはしていないし、このレベルだとほとんど障害者雇用ですら働くことが無理だということがわかっていただけると思う。

 加えてさらに発達障害者が難しいところは、業務のやりかたを教えてもすぐに理解することができないし、何度も同じ失敗を繰り返し、理解できないのは自分のせいなのに混乱してパニックになったりする。こんな感じだと周囲に迷惑をかけることは必至だし、会社側だって5万円の罰金を払って雇わない方がよほどマシという判断になるのも無理はない。障害者雇用の難しさ、こと精神障害関係に関して言えばこのあたりが難しいところだろう。だから風俗業界が精神障害や知的障害、発達障害を持った女の子が逃げ込む場所になってしまうのも無理はない。だって働ける場所がそこしかないし、そりゃそうなるよね。

 で、私の一週間がこのようなものだったとして、はたして私は自分が生きて行けるだけの賃金を稼ぎだせるのだろうか?と言えばまったく無理である。夫がいなければ私はとっくに餓死か自殺している。生きる力がないということはそういうことである

 ■

  いつだったか、夫と二人でコメダ珈琲に行ったことがあった。

サービスをしてくれた店員さんを見ながら私が「いいなぁ。私も発達障害がなかったら、こういうところで働きたかった」と言った。夫がびっくりしていた。私が憧れる職業はもっと、高度な技能を必要とする職業だとどこかで思っていたのだろう。

コメダ珈琲の店員は複数のタスクがこなせない私にはとうてい無理である。だからこそうらやましい。

普通に働けるということがどれほど素晴らしいことか。無能に生まれるというのはこういうことなのである。

 

 

 

おわり

 

 

 

 

 

 

 

雑文

年末なので今年を振り返ってみると、なんだかもう病気のオンパレードの年であった。

4月に下血して大腸内視鏡検査を受けたり(幸いにして結果はシロだった)、

7月の末からは喘息を発症したのだが、病院へ何度も行っているのに原因がわからずただ苦しみつづけてげっそりと痩せ、8月中いっぱいを寝込み続けてしまい、自分は何していたのだろうかと記憶もほとんどない。8月の終わり頃にやっと近所のスーパーへ出かけたのだが、あまりにもげっそりとやせこけた姿を心配した近所のおばさんから「死ぬんじゃないか」と心配されわざわざ電話をもらったりした。

10月くらいにはまたひどい鬱が再燃したり原因不明の熱が頻発して、苦しむために私は生かされているのかなと思い、これ以上苦しむのなら…と自殺をあらためて考えたりした。今は小康状態をたもっているが、一年を振り返ってみるとまぁ病気がすごいという感じの年だった。

 

 

 ところで先日あった新幹線殺傷事件や事務次官の息子殺害事件などで、年末になってあらためて発達障害が若干クローズアップされた。

headlines.yahoo.co.jp

双方ともに言えるのは、殺した人も殺された人もまぁ相当しんどかったんだろうなということである。意味のない話であるが、この人たちが発達障害で生まれていなければ、おそらく事件は起きていないであろう。

文春が載せた父親のインタビュー、ここで、「発達障害者の親」にもすこし注目が行った。非常に変わった親だと思う。この父親に発達障害の特性があるかどうかは私は医師ではないので何も言う事はできないが、皆が想像する父親像みたいなものからかけ離れた人であることは間違いない。息子を「彼」と呼び、ここまで他人事のようなことを言える『生物学的父親』に衝撃を受けた人も多かった。

 

 

ところで、私は、「発達障害者の親」について考えることがある。

というのは、発達障害者の親というのは少々変わった人が散見されるからである。

大まかに分けて、

 ・子供が発達障害であることに動揺し、絶対に障害を認めない親

 ・変な方向に振り切れている親

 ・うちの子は障害があるのだから特別扱いしろ親

    ・適切な療育に奔走する親

 ・まったく無関心で放置の親

 

 何が原因なのかわからないが若干クレイジーなところに行ってしまう親も少なくない。

私は、発達障害である息子のことを「この子はエジソンになる天才だから!」と公言している母親を知っているが、発達障害=天才児とは限らないわけで、ここに認知の歪みがあることは明らかである。(※この息子はギフテッド2Eではない)

「うちの子は発達障害だから天才なのよ」と主張する母親と、

発達障害児=天才ではない。げんに私は天才ではないではないか」と主張する私はまっこうから意見が対立する。お互いに主張が真逆だから仲良くなりようもない。

(個人的には子供を天才だからと持ち上げて現実を見ない方がよほど害悪だと思うし、発達障害者の自殺や精神病リスクが健常者よりはるかに高いことはしっかり把握すべきであろう)

 

 大人の発達障害の当事者には子供を持たない人もちらほらいるのだが、発達障害の子供を持った親御さんが猛抗議している場面を見た事がある。発達障害である自分の子供の存在を否定されているように感じるのだろうか。はたまた子供を護りたいという気持ちが大きくなりすぎたのか。大人の当事者の人が子供をもたないのは、子供を持てるだけの経済的基盤がないことが大きな理由だったりするのだが、「おまえらは差別主義者だ」と言うのである。この親御さんの中では、当事者が子供を持たないことが、発達障害児への差別だというのである。

 

うちの子は特別」「うちの子は天才」という親からすれば、私のような主張をしている人間は憎悪の対象である。私は成人した発達障害だが、天才でも特別でもない。社会適応ができない身で、「うちの子にはこうなってほしくない」という現実が実在して目の前にいるわけだから、そりゃ嫌な気持ちにもなる。

 発達障害の子を持つ親御さんの中には、「発達障害があったけど大成功し、すごい活躍をしました!」というサクセスストーリーを好む人も多くいる。そのような人からすれば、「発達障害で人生めちゃくちゃになりましたので安楽死を望んでいます」という私のような人物は気持ち悪くて仕方がないだろう。「あなたの自己責任でしょ」という感覚になるのも無理はない。

 

 「うちの子は特別」系の親御さんは、何がどうしてそうなってしまったのだろうか?いまいち、ここが私にはわからない。子供が発達障害でなくても同じようにそう思っていたのだろうか。それとも発達障害児を育てる強いストレスでどこかがおかしくなってしまったのだろうか。この「うちの子は天才」系の親と上手に付き合うのは難しい。なぜなら認知のズレがあるからだ。

 発達障害児の中には、ギフテッド型の天才性を持つ児童もいる。だが、その天才性を保持したままで成人し、かつ社会成功をおさめるかどうかはまた話が別である。

私の兄は幼児期にIQが160超えの天才児であったのだが、10代で統合失調症を発症してもう30年である。アスペルガー統合失調症の遺伝子的親和性を考えると、天才型の発達障害児で生まれても、いかにして発症をきたさないかが大きなキーとなってくる。 

 だが、このタイプの親御さんからすればそんな話なぞ聞きたいとは思っていない。うちの子は天才だからまわりからちやほやされて当然で、将来は大きな成功をおさめるんだから、あなたのような馬鹿な当事者とは違うのよ、と本気で思ってたりするのである。

落伍者である当事者の話に耳をふさぎたくなるのは、まぁそうだよなーと私も思うので、このタイプの親御さんとはなるべく距離を置こうと思っている。

極端な例をあげてしまったが、このようなちょっと変わった親というのは記憶に残りやすいので、発達障害児の親御さんが皆、変わった人というわけではないのだが、少々変わった人がいるというのを述べておきたい。

 

 

おわり