けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

会えなかった女友達のこと

かつてmixiというのが大流行りしたことがありました。

今もあるのですが、当時の流行はなかなかすごいものがありました。

 

前回のブログで、私は自分の体が弱い事について触れたのですが、基本的にはブログだからこう書いているだけで、現実で体が弱いという話を他人にしたことはほとんどありません。

なぜなら「甘えだ」と受け取られることがものすごく多いからです。

 

私はもともと子どものころから発達障害だったのですが、20代の前半で二次障害として鬱を発病しました。その頃から寝たきりになったり、起きられてもほんの少し活動を一時的に行えるだけという、基本的にはグダグダな状態になりました。

 

発達障害だとわかったのは30代なかばくらいのときで、それまでなぜこんなに体がしんどいのか本当にわからなかった。何度となく検査に行ったり、漢方薬を試したりいろいろやったのですが原因がどうしてもわかりませんでした。

とりわけ月経前症候群がひどく、生理前になると精神錯乱して自傷ばかりしていた。

20代前半はホルモン分泌も多いですからPMSも酷く出たんだろうと思います。

 

20代なかばのあるとき、mixiで一通のメッセージがある女の子から送られてきました。

メッセージを送ってきたのは、かりにA子としますが、A子は年齢も自分とほぼ同じ、

同じようにPMSがひどく、体がいつもしんどくて、寝たり起きたりの生活を送っているという、自分にとても良く似た女の子でした。

 

私たちは一気に仲良くなりました。

何しろ、現実世界で「体がつらい」と言っても「甘えるな」という声が必ず飛んでくるので何も言えない。mixiには日記機能がありますが、暗い事を書いて引かれるのも嫌だ。だけどこの人ならわかってくれる。

お互いがそんな気持ちで「今日もしんどい。死にたい。そちらは大丈夫?」というメールを頻繁に送り合っていた時期がありました。

同じ20代なかばの女性としての悩み、つらかった子どもの頃の話、通常のルートから外れてしまったこの人生。これからどうなるんだろうかという不安、かなりいろいろな話をしたことを思い出します。

 

A子とやりとりするうちに、彼女がもともとは看護師で大病院の外科の手術室勤務でバリバリ働いていたことを知ります。

 

A子は、23歳で卵巣癌を発症していました。

24歳のときに手術をして卵巣を両方とも取り、子どもが持てない体になった。

癌で卵巣を取ったことでホルモンバランスに異常をきたしてしまい、ひどく苦しむようになった。

抗癌剤治療によって体がすごく弱り、術後ほとんど働けない体になって家に引きこもっていた。

私がA子と知り合ったのはこの時期でした。

 

しかし医学的にはA子の体は「治って」いて、再発も転移もなかったため、「あなたは健康」という状態になっていた。だが働けない。体が弱ってしまって、資格があってもとても昔のようには働けない。癌の治療にもたくさんお金を使った。

A子は父親に働かないことをいつもなじられていて、「こんなことになるなら治らなければよかった」とよく嘆いていた。

 

A子は鬱もひどくて、よく「死にたい」というのを送ってきました。

私は、なぜA子が、まだ若いのにこんなにも大きな試練に飲み込まれなければいけなかったのかとよく思ったものです。

不幸に見舞われていなければ、A子は鬱にならずに今日も手術室でバリバリと働いていたかもしれないのに。

 

A子の場合、術後後遺症という状態なので、医学的な区分上は「癌は治っている」。働けないけれど、こういう状態の人に対しては何も救済措置がないことに私は唖然とするしかありませんでした。

私自身もそうですが、ただ体が弱い、病気はないけど働けない人というのは、行き場がないんですよ。生きて行く場所が社会にない。

  

 

 以前、こんなエントリを書いた事があります。

nenesan0102.hatenablog.com

 

 このエントリのブコメには、生活相談があるよとか、何がしかの救済措置が他にあるというコメントを下さった人がいて、それはとてもありがたかったのですが…。

私やA子には「他人や国のお金を使ってまで生きているのは心苦しい」というのがあったように思います。(A子も私も、子どものときに親からひどい虐待を受けて育っていました。だからこのような志向になったのかもしれません。)

 

どんな人でも加齢とともに体が弱って行くものですが、もともとが弱い個体というのは年を経るとさらに弱くなって行きます。

ずーっと寝たきりで、この先も良い展望が見えないとなると、たいていの人は鬱鬱としてきます。社会福祉のリソースは限られていますから、こんな自分がそれを使っていいのだろうかというのも感じてきます。

 (だから私は今でも、安楽死というのはひとつの救済措置としてあってしかるべきだと思っています。 )

 

 

A子はじょじょに精神状態がひどくなっていって、ある日ぷっつりとアカウントが消えてしまいました。

私は非常に心が揺らいで不安にさいなまされたのを覚えています。

結局、その後、A子と連絡が取れることは二度とありませんでした。

 

A子は鬱がひどかったので、鬱が極まって自分を殺めてしまったのかもしれないし、私と暗いメールをやりとりすることに不健全さを感じてもうどうでもいいやと思ったのかもしれません。

真相はわかりませんが、私は今も彼女に感謝しています。

 

 

おわり