けっこう毛だらけ猫愛だらけ

いつもニャーニャー鳴いています。

発達障害の特性の難しさを考える

匿名ダイアリーでこんな記事があった。

anond.hatelabo.jp

 ちょっと素朴に思ったんですけど、今の時点で発達障害を看板にしてオンラインサロンで成功するのって吉濱ツトムさんくらいでは…。吉濱ツトムさんはアスペルガーの当事者の方ですが著作がめちゃくちゃ多いので、あのくらい説得力があると人が集まりそう。もうすでにあるかも?

私の知人でも、「発達障害の子どもを育ててきたからその経験を生かしたい」とかでお母さんたちの不安に応えられるようなサロンをやりたがっている人がいるんですが、発達障害のお子さんを持つお母さん向けのサロンはありかもしれません。お母さんたちの不安ってすごいのよね。

 ■

先日書いたエントリでもあったんですけど、この手の話っていつもパラドックスを含むところがあって。この増田は比較的軽度の、そこまで発達障害の特性が重度ではない人々を集めてそこからお金を徴収しようと思っているようなんだけど、月に980円をコンスタントに払えるような層だと障害が軽度でそれなりに社会適応できていたりするんだけど、そうでない重度の人は仕事もすぐに首になったりしてまずオンラインサロンに払うお金がない。でも社会的な理解を広げなければいけないのはむしろ重度の方であって、重度の人の大変さというのはかなりとんでもないレベルだったりする。

「社会を変える」というのがなぜ難しいか。それを今から書いて行きたいと思う(炎上覚悟)

nenesan0102.hatenablog.com

 このエントリは、年末に私の知人であるAさんをめぐりゴタゴタがあった話である。このAさんは発達障害の程度はかなりの軽度である。コミュニケーションもふつうにとれるし、直前まで普通枠で正社員だったりしたので、深く関わらない人はAさんの障害に気づかないくらいのレベルである。軽度でもこんなに大変だったりするわけである。

いつだったか、どこかのコメントで、発達障害の人々のことを「ナイーブで面倒くさい人々」と表現している人がいた。これは非常に良く当てはまっていると思った。

発達障害は概念がすごく広いのでそれだけ個人差もすごく大きい。発達障害者の人生を端的に言うと、「特性」「IQ」「周囲の環境」の組み合わせによって人生の方向性が決まり、そこに「運」のフレーバーがかかっているという感じである。

難しいのは、理解されづらい特性を持っている場合である。

私自身も発達障害者であるが、これは…となるような特性の人々が実際に存在する。

例をあげると、 

 ・とにかくキレやすい(易怒性)

 ・ひどい暴言を吐く

 ・すべてを他人のせいにする

 ・暴力を振るう(他害行動)

 ・完全に認知がズレている

 ・重度のコミュニケーション障害

 ・ひどい被害者意識

 ・ひどい社会性の欠如

 ・強い自己尊大感(自分以外の人を見下す)

 ・二次障害で人格障害を発症している

 ・反社会性を持っている

 ・ストレスで錯乱してモノを破壊する

 ・すぐにばれるような噓をつく

 このへんの特性を複数かかえてしまうと、もはや「ナイーブで面倒くさい」を通り越して「厄介な人」という感じになっていく。

 特性の個々の詳細説明は控えるが、このような特性を持つ人物は周囲の理解を得るのはすごく難しいのはわかっていただけると思う。このタイプの発達障害の人とうまく付き合うのにはものすごいコミュニケーションスキルがいる。2年ほど前、官僚だった父親に殺されてしまった気の毒な人がいたけれど、Twitterなどを読むとこのタイプの特性を複数抱えていたようで、なんとも心が痛む。

 私自身も当事者であるのに、正直なところこのようなタイプの発達障害人とどのように付き合って行くのが良いのだろうかと首をひねるばかりである。キレられたり暴言を吐かれたり殴られたりすることに理解をしろと言われても容易にそれを受け入れられる人はあまりいない。暴言をはかれる方だって人の心を持っているからだ。

私自身は当事者の一人でしかないので、このタイプとは無理に付き合わなくてすむのだが、医療者や支援者などで必ず関わらなくてはならない人の大変さはかなりすごいのではないかと思う。オンラインサロンをやりたい増田が「軽度の人のみ」を対象としたいのは無理もないことで、キレやすく反社会性を持つ人々が何十人と集まるとなると、本当に大変なんじゃないのだろうか。

 

ちなみに私自身の発達障害の特性というと、

 ・同時並行作業ができない

 ・体調をすぐに崩す

 ・人の話を聞いて即座に理解できない

 ・とにかく心身が脆弱

 ・強い身体感覚過敏

 ・ストレスに弱い

 ・動作性IQが低いので作業がノロイ

 ・作業をすればかならずミスをする

 ・同じ失敗を繰り返す

 私には幸いなことに「キレやすい」とかの特性はないのだが、それでもほとんど社会適応ができなくて周囲に迷惑をかけまくってしまって安楽死を望むくらいなのだから、周囲と軋轢を産むような特性のある人物が社会的に理解を得ようとするというのは本当に難しいだろう。

 アスペルガーの特性というのは、何がどうしてこの特性になるのか。「キレやすい」とか「衝動性」は前頭前野に関係があると言われているが、それ以外の特性についてはどこが原因で何が起きてなぜこうなるのかというのはまだ未知だったりする。

発達障害も、個々の特性も自分が選択したものではないから本当にここが悩ましい。私はたまたま、「キレやすい」とか「暴言をはく」とかの特性は持っていなかったので、人間関係のトラブルはそこまで多くない方なのだが、これだって自分の努力でかちえたというよりは、ただたんに特性がそうじゃなかったというガチャだっただけである。

anond.hatelabo.jp

 また似たような増田がある!てかこの話題みんな好きね〜。

でもふと思ったんですけど、発達障害の弱者男性でも、上にあげたような特性を持つ人物ってどんどん周囲に人がいなくなってしまって孤立状態になってしまうので、そういう人が自分を救ってくれる女性に出会えるかってなるとそれはそれで難しそう。出会いそのものがないもん。

 このあいだ同じく発達障害を持つ友人と話していて思ったんですが、発達障害男性の一部に「僕のお母さんになって」っていう感覚の人が確実に存在するんですよね。完全に庇護される対象になりたいという感覚。で、このような事を言い出しちゃう男性ってかなり高い確率で親から虐待されていたりするんですよね。本来ならそのトラウマから脱却すべくカウンセリングなり治療なり受けてほしいけど、どう考えたってそっちのほうがお金もかかるし時間も手間もかかるんだよね。それよりは女性に優しくしてもらったほうが楽じゃないですか。自分が背負った深い傷を埋めたいのでセックスできるママを求めてしまう、みたいな。すべてを自分のかわりにやってくれてお金も稼いできてくれて、自分は好きなことしてゴロゴロして全部甘えていたいっていうのを持ってたりするんですよ。その気持ちはわかるけどこれをやられると女性側の負担は半端なくて、「私あんたのママじゃないんだけど!」ってなってだいたい破綻しちゃう。大人としての恋愛じゃなくて、自分が一方的に甘えられる関係を望んでいるとちょっとなぁ。望むのは自由だけど女性も人間だしなぁ。

まだまだ男女間の賃金格差がある日本みたいな国で養ってくれる女性を見つける事自体が相当に困難だと思うんだけど、それを安易に求めちゃうのもまた想像力のなさなんでしょうか。

 

 

 

 

とりあえずおわり。

ブコメを読んだ感想

先日、こんなホッテントリがあった。

togetter.com

「へ〜」と思いながら見ていたらコメント欄に踊るのが「安楽死」の文字。はてなの元祖安楽死おばさんとしてはこれは見逃せない。

 

まずこの記事を読んで思ったのが、経済格差=健康格差という話だ。

 貧困層もしくは低収入層にある人というのは、きわめてストレスの多い環境に置かれていることが多く、低収入ゆえに良質な食べ物を摂ることができなくて、結果的に苦しむ病気になってしまいやすい。労働ストレスが多いのでストレスをまぎらわせようとしてストロング系とかをあおって無理矢理に寝たり、アメリカで問題になっているように苦痛を紛らわせるために鎮痛剤に強く依存したりする。生きるための労働に忙しくて健康的に運動する時間をそもそも取れない。この看護師さんが言うように、「だから健康に気をつけて生きましょう」みたいなのはあくまで理想論であって、そうできる人ばかりじゃない、どうしようもなく残酷な現実である。

しかし私自身はこのまとめを読んで、あらためて安楽死って必要なんじゃないかと思った次第である。健康的に生きられる人ってそもそもそれなりにお金持ちなんだし知識や適切な判断力もあるのよね〜。

 

しかしコメント欄にここまで「安楽死」が踊ってるコメント欄なんてめったにないんじゃないでしょうか。珍しいですね。
せっかくなので目に留まったブコメをいくつか拾ってみましょう。

 

現役の看護師さんが語る「みんな死に幻想を抱きすぎている」という話 - Togetter

まあ結局のところ金だよな、と思う。貧乏な方が不摂生になりやすく、そのまま行くと死ぬまでにさらに金がかかる。何のために生きているのか。

2021/01/19 09:40

b.hatena.ne.jp

 これ、本当にそう思うんですよね。

時々、私みたいな安楽死ばっかり口にしてるキモイ人がなんで結婚してるの?みたいな感じのことを言われたりするんですけど、実はうちの夫も安楽死に関しては賛成派なんですよね。「のたうち回って苦しんでまで生きている意味はないと思う」という点で、私と夫は死生観がかなり似ています。

現役の看護師さんが語る「みんな死に幻想を抱きすぎている」という話 - Togetter

富裕層がジムに通って有機野菜と熟成肉食ってワイン飲む一方、それらのサービスを支えた貧困層がストロング飲んでピザと唐揚げ食って病院通い定期

2021/01/18 22:35

b.hatena.ne.jp

 今もすでに相当ないきおいで国民医療費が増加していて、それにつれて保険料も年々アップしていてすごいんですよね。国民皆保険はおそらくしばらくはなくならないと思うんですが、保険料が高くなりすぎて入れないとかいう人がどんどん出て来るんじゃないでしょうか。アメリカだと保険料が高すぎて保険に入っていない人が歯医者にかかれないので入れ歯製作キットとかを使って自分の入れ歯を自作したりしているそうなんですが、そういう感じになっていくんかなと思う。(知人の知人がこの作製キットをデザインして販売していました。イタリア人のプロダクトデザイナーだったと思う)

  映画監督の伊丹十三だったかそのお父さんだったか忘れたんですが、かなり昔に病気について語っていた話があって

 「苦しんだ末に治るっていうのはわかるんだけど、苦しんだ末に死ぬっていうのが理不尽すぎる。苦しんだなら治れ」

みたいな話があるんですよ。なるほどなと思いましたが、生き物ってそういうふうに苦しむようにできてるのかもしれないですね。

現役の看護師さんが語る「みんな死に幻想を抱きすぎている」という話 - Togetter

安楽死の話題が荒れるのって、安楽死を求める人は「自分が安楽死すること」を求めていて、安楽死の議論すら認めない人は「誰かに無理やり安楽死させられる」ことを恐れてるんだよね。

2021/01/18 18:43

b.hatena.ne.jp

 なんでか安楽死の話が出て来るとかならずこういう人って出てきますよね。結局、こういう人も死が怖いのかなみたいに思っていたりします。さすがに議論まで否定するのはちょっと違う気がしますけど。でも安楽死が認められない、簡単に死ねないって社会のほうがどんどん治安悪化してものすごいディストピア感あるなぁ。私たち氷河期世代はそれこそ老後の蓄えがある人とない人の差も激しくて、ない人がじゃあすんなり死ぬかってなったら「ある人から奪う」って方向に行きそうですよね。

 

 

ただのぼやきなので軽く書いてみました。

おわり。

雑感(長文)

いつものくだらない書きちらしです。

昨年の年末、親しくしている友人に子どもが生まれた。

友人の夫は外国人で、人種的にはコーカソイドが黒くなったやつという不思議な風貌をした人である。生まれた子どもは一応、日本人とのハーフ(最近はダブルとか言うらしいが)になるのだけれど、新生児の今の時点では外国人の血が強く完全に外国人の赤ちゃんにしか見えなかった。

 私がびっくりしたのは、この旦那さんが、「子どもが無事に生まれたから」という理由で駅にいるホームレスのお爺さんに「いつもより豪華な贈り物をしてきた!」と嬉しそうに言っていたことである。私の周囲にはムスリムの人がほとんどおらずムスリムにこのような習慣があるということすらさっぱり知らなかったので、この話を聞いたときはかなり驚いた。日本人で「子どもが生まれたからホームレスにいろいろ贈り物をしてきたよ!」という旦那さんがいるだろうか。まずいないだろうからお国柄の違いってすごく大きいものだなと思ったものである。

この習慣を「ザカート」と言い、ムスリムのあいだではそれなりに一般的な行為のようである。

ja.wikipedia.org

 自分の子どもが生まれたことを祝って、貧者にいつもよりたくさんのほどこしをおこなった旦那さんの行動を私はすてきなことだと思った。妻である友人はムスリムではないのだが、彼女もまたこのことをすごく喜んでいた。願わくば日本でもこのような習慣は根付いてほしいと思うが、残念ながらそういう感じの風土でもない感じがする。そのあたりにはもしかすると日本の場合、根底に「貧困は自業自得」という感覚が強くあるのかもしれない。

先日、こんな増田があった。

anond.hatelabo.jp

 この増田については思うところが色々あるが、貧困研究の本を何冊か読んでみればわかるが、貧困と障害とには大きな関係性があって、そのあたりを無視して貧困についての話をしてもあまり意味がないよなというのが私の率直な感想である。

鈴木大介さんと阿部彩さんの本だったと思うが、貧困におちいって苦しんでいる人の先祖をさかのぼるとだいたい炭坑夫であるとか、肉体的に厳しく事故にも遭いやすく低賃金の仕事に就いていることが多いという記述があって、昭和の一時期が一億総中流とか言われたりして見えなかっただけで、日本って実はすごい階級社会なんだなと思ったりした。

貧困を救えない国 日本 (PHP新書)

貧困を救えない国 日本 (PHP新書)

 

 

「貧困」の逆で、経済学者の橘木俊詔という人がお金持ち研究をしていて、その本を読むとなかなか面白いのでご紹介しよう。一代で資産100億くらいを築いた人にインタビューを行うと、だいたいかならず「私は運がよかった」という答えが返って来るのだそうである。

橘木氏の本に『お金持ちになる人の特徴』というのがいくつか出て来るのだが『心身ともに強靭、運がいい』というのが特徴なんだそうである。これは言われてみればたしかにそうで、貧困におちいってしまう人の多くが「心身脆弱、運が悪い」とも言えなくもない。

私自身、貧困な人間であるが、やはり先天性の障害があるしその障害ゆえに心身ともに脆弱な身で、なんでこんなにというくらい病気ばかりしてきたのでなるべくして貧困なのだろうなと思っている。

日本のお金持ち研究

日本のお金持ち研究

 

 ■

ところで、先日このような増田もあった。

anond.hatelabo.jp

このエントリにこのようなコメントがついていた。

「理解のある彼くん」は彼氏のことではない

毒親発達障害で苦しんだけど今は理解のあるパートナーのおかげで幸せですという体験記の作者はほぼ確実に女性

2021/01/18 22:04

b.hatena.ne.jp

 私自身がまさにこのパターンなわけだが、これについて軽く書いてみたいと思う。(あくまで個人的感想ですが)

 発達障害の女性がパートナーを得て幸せになってそれを体験記としてブログに書く話はよくあるのだが、じゃあ逆はなぜないのか。私も時折不思議には思ったりしていたのだが、やはり、まだまだ「男が女に養われている」というのを恥とする風潮は強くあって、それを発信するという感じにならないのではないかと思う。日本の賃金格差はまだまだあって大人の男性一人を養える経済力のある女性の絶対数が少ないのもあるだろう。

一方で夫に養われる妻の場合、それが「恥」という風潮にはまだならない。私を理解してくれる夫が現れて私を救ってくれた!という、ちょっとシンデレラストーリーのような側面を持っているので、そちらに目が行きがちになるのがあると思う。

 

 世の中には「発達障害の男性と結婚した妻の発信するブログ」というのもあるのだが、そのうちのかなりの割合が「カサンドラつらい」になってしまって「離婚」の文字が踊っているのを見ると、たしかにこれは非対称だなと思う。

でも中には「発達障害の夫を支えて頑張っている」というブログもあるのだが、じゃあそれが注目されるかというと、「夫に救われた系」に比較するとそれほど注目されているとは思えない。女性側からの発信にシンデレラ的要素で華やかなところがあって、支える妻には「糟糠の妻」的なイメージになってしまうのかもしれない。

hattatsu-spouse.blog.jp

  私の生家は、私の父親が年代的に診断は受けていないものの確実に発達障害で、母親はそれをずっと50年近くにわたって支えてきた。

金銭管理がほとんどできない特性を持つ父のかわりに家計管理をし、田舎とはいえ小さな一戸建ての家を建ててやりくりをし仕事をし、健康に気を配った食事を常に作り続けて、そのおかげで父はかなり健康体だ。だが父親が「自分は発達障害だけど妻のおかげで生きている!」という発信をするかというとちょっとこれは考えられない。父親は自分の障害を自分で認めないだろうし、何よりも妻の妻としての働きを評価していないからだ。

 

発達障害で苦しんだけど今は理解のあるパートナーのおかげで幸せですという体験記の作者はほぼ確実に女性」という主張は、文脈的にどうしても「だから女はズルイ」というところに行き着いてしまいがちなのだが、このタイプの発信をする男性発達障害者は発言時、自分が思うようなパートナーを得られていない場合が多い。

 私は以前から、生物学のとある一説である、「♂は個体差が激しく生まれ、♀は平均に近い個体がもっとも多く生まれる」という説を強く支持しているのだが、これは人間にも、もちろん発達障害にもあてはまる。発達障害の女性に比較すると発達障害男性は症状の開きも大きく特性も個体差が激しい。それなりの収入を得ていて結婚して子どももいて…という発達障害男性がいる一方で、パートナーもおらず低収入で仕事も転々というような人もいる。

 以前、このブログにブコメだかなんだかで私が発達障害なのにパートナーを得て結婚していることを揶揄されて「まんこパワーすごい」というコメントをされたことがあった。これは裏返せば「俺だってちんこあるだけで女に養われたい」という意味である。

発達障害の女性が通常の仕事で働く事ができず性風俗などに従事する話は有名だが、それはたしかに「まんこパワー」なのかもしれないが、逆に男性が女性相手の性風俗に従事しようとなると相当に高度なコミュニケーション能力が必要とされるという話を考えると、男女は本当に非対称な生物であるなと思う。

 弱者男性といえば、発達障害で生まれ10代なかばで統合失調症を患った私の兄もまた「弱者男性」にバッチリあてはまるわけだが、不思議なことに兄は「若い」だとか「きれい」だとか「巨乳」だとかそういうものを女性にほとんど求めない人だった。

だいぶ昔の話になるが、兄は一時期障害者の作業所に通っていて、そこで知り合った女性を家に連れてきたことがあった。対応した母によれば「歳は多分45歳すぎくらい。知的障害のあるデブな人」だと言っていた。このとき兄はまだ20代だったので、この人選に母はかなりびっくりしたらしい。

その女性はほがらかな人でいつもケラケラと笑っていて、一緒に笑う兄も幸せそうだったという。ところがやっぱり兄の病状が悪化してしまい色々あって二人は別れてしまった。「別れたらしい」という話を聞いて、そうかぁと思ってしまった。やはり障害者同士となるとお互いに生活力がないし(兄は一度たりとも経済的自立をしたことがない)、たしかにこれはどうするのが良いのだろうかとちょっと考え込んでしまった。この彼女は兄の初めての彼女だった。

 

発達障害かつ弱者男性はどのように救済されるのが一番幸せなのだろうか?ロールモデルがない中でむやみにシンデレラ的な願望を持ってしまうとなかなか大変そうだと思う。

 

 

なんとなく尻切れトンボになったが、おわり。

年末にゴタゴタした話

年末に知人が私に助けを求めてきました。こんなこともあるのだと少し驚いたので、こちらでブログにすることにします。けっこう重い記述があるので嫌な人はリターンしてください。

12月29日のことでした。ふと携帯を見るとメールが入っていて、知人のAさんからの「助けてください」という悲痛なメッセージでした。

このAさんは夏くらいまでは普通に働いていたのですが、いよいよ精神状態が悪くなり、12月30日には精神病院に入院することが決定していた状態でした。

「もう数日何も食べていない、そして精神病院まで行く交通費がない」

まぁようするに「金くれ」というのがAさんの希望でありました。

Aさんは生活保護を申請しているのですが、支給の日が来るまでに手持ちの現金が底をついてしまったのです。

 

私はAさんとは薄いながらも既知の仲で色々と知っているのですが、Aさんは発達障害を持っていて、発達障害の二次障害からギャンブル依存症になり、さらにはギャンブルするために知人からお金を借りまくってそれを踏み倒したりしたために警察沙汰となり、何度かの逮捕歴と、あと長期間ではないのですが刑務所に服役していたという過去があります。

発達障害の人はなんらかの依存症におちいってしまう人が少なくなく、これは生来の脳の脆弱性からくるものです。Aさんの場合も鬱があまりにもひどく、迫り来る希死念慮を紛らわせるためにギャンブルにのめりこんでいってしまい、気づいたらギャンブル依存症になっていたわけなのですが、人からお金を借りてまでギャンブルをする、返せないのに借りようとする、それを踏み倒すというのはちょっと尋常ではありません。

しかも刑務所に服役までしていたくらいなのに、それでもまだAさんはわき上がる希死念慮と、それに伴う強いギャンブル欲と闘っている状態でした。

 

ギャンブル依存症の難しさはこのTwitterホッテントリに入っていたので、興味がある方はお読みください。(読んで楽しいものでもないが)

 ■

さて、このようなヘルプがAさんからきて、これはどうしたものかと思ったのですが、私がお金を貸すというのはどう考えても悪手で。貸すのはかなりヤバイ!というのを本能的に感じるわけです。

まずは空腹をどうにかせねばと考えましたが、Aさんはもう明日に入院、こちらから食料を送るという手法は即効性がなく使えません。しかもAさんは入院するということで携帯をすでに解約してしまっており、自分自身ではどこにも電話がかけられない状態。私にはパソコンからメールを送ってきていました。

行政の窓口は年末年始でほぼすべてが閉まっていて、私はあちこちの行政の窓口に電話してみましたがまずつながらない。厚労省に緊急支援の問い合わせなどもするもこれも自治体の福祉事務所が窓口になっているためアウト。かなりあちこちに電話をかけまくりましたが、とにかく年末というのが大きなネックで、行政機関はすべてアウトでした。

 

最後に私がコンタクトを取ったのが民間の支援団体でした。その団体の緊急窓口のような電話に電話が繋がり、状況を説明するとすぐさま動いてくれて2時後くらいにはもうすぐに食べられる食料をAさんの自宅まで届けてくれたのです。

それどころか支援団体のほうでAさんに2千円の交通費まで貸し出してくれました。

 

良かった良かった!一件落着〜、とホッと胸をなでおろしていたら、夜になってAさんから「すみません、交通費が足りません」という連絡が。

 

詳しく聞けば、Aさんが入院する予定の精神病院は(精神病院はたいていそうなんですが)、陸の孤島のような場所にあり、ふもとの最寄り駅から病院までの送迎バスが出ているのだがそのバスが朝7時と13時にしかなく、自分が指定された時間に病院に着くには朝7時のバスに乗らなくてはいけないのだが、始発の電車で出発してもこの7時の送迎バスには間に合わない。

夜になってこれが発覚し、Aさんの要請で私からふたたび支援団体に緊急連絡。

すると支援団体の方で雪の中出せる車を持つ人を探してくださり、Aさんを最初から病院まで送迎してくれることに!(車だとおそらく1時間半くらいかかる距離なのですが、現金を貸すよりもそっちのほうが良いと判断したのだろうと思われます)

 

そして次の日、Aさんが無事に入院できたと支援団体からの連絡が入り、ああよかったと再び胸をなでおろしていたところ、支援団体の方からのメールがこれ

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いや、もう本当に弱者支援というのは骨が折れるというか、相手だって人間ですしね。みんなが善良なわけもなく。

私自身はほとんど何も動いていない状況なのですが、最後の最後でもう「うわー、Aさん!」となったと言いましょうか…。ここでドーッと疲れたというか。

継続して支援をされている方のメンタルの強さにただもう尊敬…。

 

私はAさんの件でこの支援団体にお世話になったので、Aさんには直接お金は貸していないのですが、支援団体の方に寄付をしてきました。総合するとAさんに直接お金貸すよりも費用がかかってしまったんですけど、Aさんに自分がお金を貸すというのは絶対に駄目だと感じていたので、これでよかったんじゃないかと思っています。

Aさんのような人は世の中にはけっこうな数いるし支援団体さんが活動を続けて行けることが大事ですしね。

 

 

皆様、よいお年をお迎えください。

 

 

おわり

 

2020年さいごのブログ(1)

いやー、最近、さっぱりブログから遠のいてしまってました。
というのは、いまブログを書いているこのパソコンがもはや古くなりすぎて、はてなブログそのものに対応できなくなってきてまして。。

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なんかまずブログのアイコン自体表示されないし、、

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切り替えが必要ですとか書いてあるけどパソコンに疎すぎてなんのこっちゃわからんし、、、

うちは夫がもともとそっち系の仕事だったのであとでパソコンを見てもらうことにします。10万円の給付金があったときにそれでパソコン新調しようぜという話はあったんですけど、そうすると今あるソフトのほとんどが使えなくなっちゃうし、なんか不都合も多く、結局のびのびになってます。

 

私はというと、最近はかなり忙しくしてまして、忙しいのでブログを書けないというのもちょっとありました。

2020年にあったもっとも大きな出来事は、何年間もかわいがってきた地域猫さんをいよいよ我が家におむかえしたという、それが一番大きな出来事でした。

ブログとかにはつい猫の写真をアップしたくなるものですが、こちらではまだ載せていません。いちおう、周囲の人のためにTwitterを全体公開で公開していて、そちらにはほぼ毎日、猫の近況をアップしています。

 

近々ではゴタゴタしたことがありましたので、つぎのブログで書こうと思います。

 

 

おわり

イケメンを疑似体験した話

 つい先日、こんな増田があった。

anond.hatelabo.jp

私は女だけど、この増田がすごくよくわかる。

というのは、少し前に「FaceApp」という性転換アプリが流行った事があった。私もまたそのブームにつられて自分の顔を男性化してみたのだけれど、「ええ…」となるようなイケメンが誕生してしまったのだ。

こんなことを書くとまた反発をくらいそうだが、私はそこそこ美形である。だからなのかわからないが、けっこうなイケメンになってしまった。これをSNSに載せてみると、友人女性たちの騒ぎっぷりがすごかった。「イケメン!」「すごい色気!」「かっこいい!」と、女性たちが男性化した私を褒めちぎってくる。「イケメン」以外の感想では、「親切そう」「海外で迷ったときに案内してくれそう」「アラブ系美男子」「王子っぽい」などがあった。

一体どういう顔だと思われそうだが、とりあえずこのような印象の人になった。

 

それにしてもイケメンの威力はすごい。この顔をアイコンにしてやりとりしていると、経緯を知らない人からは「そのイケメンは一体誰なの」と含みを持たせた感じで言われるし、相手の目がハートマークになっているのがわかる。「ドキドキする」とかも頻繁に言われて、私はつかの間のイケメン気分を味わうことになった。マジでこの顔でロマンス詐欺とかいけるんじゃないかなってくらい、女性たちがメロメロになっていくのがわかった。

イケメンになった当初は褒めちぎられるのが嬉しいので「ウフフ、女の子たちはみんなかわいいな♡」くらいの感覚でいたのだが、ある程度経つと、だんだん女性たちがアホみたいに見えてきた。ああ、女というのはイケメンであるだけでこんなにも態度が変わる生き物なのかと。私の女ともだちだから、年齢的にふだんは良い奥さんとかお母さんをやっている人がほとんどなのだが、いきなりオンナとしての彼女がぶわっと目の前に立ち上がって来るこの感じ。(わかる人いらっしゃいますでしょうか)

このような変貌ぶりを見るにつけ、イケてない男の言う「イケメンはずるい」みたいな感覚が私の中にもりもりとわき上がってきたのである。この一連の心理的変容は自分にとってとても興味深いものであった。

 

しかし、イケメンの悩みというのはなかなか複雑だ。何しろイケメンの絶対数が少ないから、悩みを共有することがなかなかできない。「女の子が目の色変えてくるのが怖い」というのも、それを体験した事がない人にはほとんどわからない感覚だろう。

しかし男の側も自分好みの美女には色めき立つのが普通だから、このあたりは男女共通なのかもしれない。

 

ちょっとくだらないエントリだけど、おわり。

 

雑文その後

以前書いたエントリのその後です。

nenesan0102.hatenablog.com

結論から言うと、今のところ少しずつ落ち着いてきています。むちゃくちゃ仲直りというわけではないのですが、夫はまた食器洗いとかはじめてくれて歩み寄りを見せてくれている。私は私で、なるべく完璧を目指さないようにと注意するようになりました。

 

大げんかした次の日に出勤した夫がメールで、

 『これから自分の靴下とパンツは週末に自分で洗います』

と送ってきたんですが、、、

 

 

 

 

f:id:nenesan0102:20201022063019j:plain

 

違うから!そうじゃないから!

 

私が言いたいのは、「家庭は二人で運営していくものだから、私が苦しんでるときに『俺は関係ない』という態度はやめてくれ、もっと協力的になってくれ」って話であって、もうあんたのパンツなんて洗いたくないって事を言いたいわけじゃないんですよ。そんなことされても逆に困る。なのでこのメールに対してはそっこー「違う」と言っておきましたがなんでまたそういう発想に…。

 

世の中、すれ違いとかワンオペ育児とかそういうのでおかしくなってる奥さんとかたくさんいると思うんですけど、ワンオペ育児のつらさも、「俺は関係ない」っていうのが伝わってきて奥さんがすごい孤独感にさらされていくところからつらさが始まるんじゃないですかね。いや、その立場に立ったことがないのではっきりとはわからないんですが。

以下余談なんですが、少し前にTwitterでこういうのを見かけたんですね。

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 これ、もし自分が小学生男子だったら、「あ、俺関係ないんだな。行儀よくしなくてもいいんだな」と思うんじゃないかなと。

さすがに令和の時代にはどうかわかりませんが、昭和〜平成だと、同じ家の子どもなのに女の子だけが「女の子だから」という理由で家事の手伝いをさせられて、男の子は何もしなくていいという家庭ってざらにあったと思うんですよ。そういうふうに育てられてきてるのに当事者意識なんて作られるわけがない。子どものときにしなかった人がいきなり子どもができたからって家事しないよね。

 ◇

いま、話題になっている『おばさんの復権』も、いろいろな見解がありますが。

 このツイートがすごく話題になってますが、なんというか、認識のズレがすごいなぁと。なんで女性側が怒ってるかというのをさっぱり理解できてないから、まずそこから説明しないといけないだろうし。

もうずいぶん昔の事になるんですけど、婚活がすごいブームになったときに、私もぼちぼちやったんですよね。そのときに猫好きでマッチングした人がいました。

ところがその人は「子どもは女の人が生みたくて勝手に産むものだから自分には関係ない」という考えの人で。「子どもの生活費も教育費も一切出すつもりはない」とはっきり言われて。ちょっとこういう人とのあいだに子どもを設けるのはリスキーだなと思ってお断りしたんですけど。こういう感覚が育ってきたのには理由があると思うし、40歳前後までその価値観を持ってきた人はもうほとんど変わらない。そういう人とのあいだに挙児とかとてもじゃないけど無理です。少子化ってこういう側面も少しあるんじゃないでしょうか。

このツイート主が何歳くらいなのかわからないけど、この感覚のままなら子どもを作らない方が良いと思うし、これについてくる女性もあんまいなさそうですよね。

 

私個人としては日本が少子化でこの先もどんどん国が壊れて日本人が減っていくのはすごく悲しいんだけど、それに対する処方箋ってどうしたら良いんでしょうね。

やはり女性側への補助を厚くして、女性一人でも子どもを産み育てられるという感じにするのが一番?そうなると、女性が殺到するのは(今もそうですが)、優生思想バンバン入って来るけど、「優秀で容姿端麗で稼ぐ力のある人の種」みたいになってしまう気がするんですよね。「ATM扱いするな!」と騒ぐような人の種なんかイラネみたいな…。ていうか、実際いらなくないですか?「ATM扱いしてる!」って被害者意識全開にするような父親がいるところで大切な子ども育てたくないじゃないですか。

 

後半少しズレてしまいましたが、こんな感じです。

 

 

おわり